嫉妬の傭兵 sideナインス
私は何をやっているのだろう。
物心ついた頃にはスキア研究所に居て、厳しい訓練を受けていた。特にフリューゲルに恨みがあった訳でもないが、ただやりたいこともなかったので流されるまま兵器に成った。
そうして初任務がアゲハ・ユイの誘拐だったが、仲間であるエインスは敵前逃亡。任務は失敗し、私は姉であるフォースを慕う結果になった。
初めて家族が出来た。それだけで私の心は満たされた。あの時、頬にされた接吻の温もりは未だに残っていて、お姉ちゃんを思うだけで胸がジーンと熱くなる。
「はぁ……」
宇宙空間を雲のように漂いながら、私は溜息を吐いた。
自分が嫌になる。お姉ちゃんが私以外と接しているのを見ると胸が締め付けられて、動悸がするどころか、吐き気を催す。お姉ちゃんを私のモノにしたい。私色に染め上げたいという欲求が強くなる。今日だってエインスに嫉妬してしまった。
そう、昔、本で知った。この酷い感情は嫉妬と呼ぶのだろう。
本当はエインスと仲良くしたい。同じ研究所出身で、彼女だって私の家族なのだ。
それなのに、心の何処かで邪険に扱ってしまう自分が居て、もうどうすればいいのか分からない。一生、こんな気持ちに振り回されないといけないのか……?
「ん? あれは……船? オーダー軍の? こんなところに何故……」
何キロか先に見える豆粒のような点。レーダーの反応を見る限り、オーダー軍の戦艦だろう。
此処、月都市アリアムーンは中立地帯だ。戦争はしない。フリューゲル、オーダー、どちらにもつかないと宣言していた。
それなのにどうして目の前にオーダー軍の戦艦がいるのか? 数を見る限り、攻撃しに来た訳ではないのだろう。仮にそうだとしてもメリットはオーダー軍にないどころか、市民の反感を買うだけだ。
そもそも戦艦数隻で月都市を攻略できるほど現実は甘くない。月都市にだって最低限の防衛設備はあるのだ。
「お姉ちゃんに知らせて……いや……」
オーダー軍の目的を探ろう。無事に情報を持ち帰れば、お姉ちゃんなら褒めてくれる。もしかしたら頭を撫でてくれるかもしれない。
私は期待感からいつも以上にブースターを噴かせた。
変身していたため敵のレーダー網に引っ掛かるのは必然で、警戒態勢だというのに潜入は容易だった。
装備が重装だったとしても所詮は人型。戦艦に取り付いて格納庫を通って中へと入る。その際、偶然通り掛かった整備兵を気絶させ、宇宙服を奪って着込んだ。これによって変身をせずとも一時的だが宇宙で生きられる。変身を解除したので、レーダーに探知はされない筈だ。
「おい! さっきの反応はなんだ! フリューゲルの新兵器じゃないのか? だとしたらここは中立地帯だぞ!」
「いや、ぎりぎりアリアムーンに入っていない! 俺たちは待ち伏せされたんだよ!」
パニックに陥る兵士たちを窺いながら、オーダー軍に化けたカメレオン状態でブリッジへと上がると、そこには軍服姿のアゲハ・ユイが居た。毅然たる態度で誰かと通信している。
「この騒ぎはなんだ? 何があった?」
「はっ! どうやら何者かが我が艦に侵入したようです」
「……アゲハも知っているだろうがフリューゲルの新兵器はグローマーズを体内に宿している。普段は人間のように振舞い、いざという時に戦艦並みの魔力を開放して奇襲を仕掛けてくるのが奴らの常套手段だ」
「豪く物騒ですね……我が艦に侵入したのはその新兵器だと?」
「フリューゲル製なのは間違いないだろうな」
(あれは確か……オーダー軍の総帥……)
アゲハが通信している相手は実質オーダー全ての実権を握ると言われている、仮面を被った謎の人物。顔を隠す様に特徴的な仮面を被り、体型がでないように全身マントで包んで、変声期を使っている。唯一、判明しているのはフリューゲルによって事前に教えられていたアースリーという名前だけだ。
二人は私の事の話をしているようだ。フリューゲルの新兵器だと推測している辺り、無能でないのだろう。
引き続きパネルの裏に隠れて様子を窺っていると、一瞬だけアースリーと目があった気がした。飽くまで気がしただけなのに、殺気を当てられたように息が荒くなり、恐怖から身体が震えだす。
こんな感覚は初めてだ。アースリーはただの人間の筈なのに、私よりも強い。そう、本能的に理解して、上の立場にいると分かった。
「ここ最近、何者かの攻撃によってオーダーの将校や要人が不審死する事件が増えている。すまないが、私が此処を動くわけにはいかない。フリューゲルからの休戦交渉は君に任せる。ユイ家の君が、一番適任なのだ」
「……はい。必ず、良い結果を持ち帰ります」
「ふふ、期待しているよ」
モニターがぷつんと途切れる。
一方で私は耳を疑った。オーダー軍の将校がやられている? それに休戦交渉……戦争が一時的に止まることだが、今までのオーダーとフリューゲルの対立から懐疑的になってしまうのは仕方ないだろう。
「それで? 侵入者さんはそこで一体なにをしているのかな?」
「ッ!」
「なんだ……ユイじゃなくてお前か……」
どうしてバレたのか? いくら慄然としていたとしても訓練を受けたプロだと自負している。
そんな私の様子を見て、落胆としていたアゲハは嘲笑った。
「なんだ? 分からないのか? 私は鎌をかけただけだぞ?」
「くっ……」
顔が火照るのを感じつつ、私はその場から脱出しよう身体を翻した。
しかし、真後ろには銃を構えた兵士がいた。よく見るとブリッジにいた殆どの兵士が私の存在に気がついて警戒しているようだ。
「これで脅しているつもり?」
私はフリューゲル製の兵器、九号機だ。コンセプトは制圧火力で、それに伴い圧倒的な火力と分厚い装甲を装備している。オーダー軍の持っている豆鉄砲では私を殺せない。
しかし、降りかかる火の粉は払うものだろう。私は魔力を解放して、周りを威圧する。アゲハ以外を皆殺しにすればお姉ちゃんも喜んでくれる筈だ。
ビーム砲にエネルギーを充填させた時、アゲハが手を薙いで制す。それに従って兵士たちは困惑しつつも銃を下ろした。
「皆、すまない。私はナインスと交渉がしたいのだ」
「交渉?」
「そう、お前も聞いていただろう? これからフリューゲルとの休戦条約の交渉があるのだが、十中八九罠だろう……だから、ナインスには私の護衛を頼みたい。勿論、見返りは最大限の努力はする。大金でもなんでも、な……」
「大金……」
脳裏に過るのはジャンク屋で必死に働いていたお姉ちゃんのこと。時折、財布を見ては貧しそうにしていた。
……仮に、私が依頼を承るとお姉ちゃんは楽できるだろう。働く必要がなくなり、私とずっと一緒に居られる。
「分かった。私はお金が欲しい」
そう思えば、軽率にも承諾してしまった。お金に目が眩んだと貶されても仕方ない。それほどまでに私にとってお姉ちゃんは大事なのだ。
「ほう……お金を欲しがるとは随分と人間らしいな」
癪に障るように言い方をされ、私は睨みを利かせた。
「すまない。気に障ったのなら謝る。頼りにしているぞ」
「ふん……もしも裏切ったら沈めてやるから」
「あはは……肝に銘じておくよ」
凄みを利かせた筈なのだが、アゲハは苦笑いを浮かべている。仮にも一度は誘拐しようとした私だ。普通はトラウマになって怯えられると思うのだが……アゲハも強い人間だということなのだろう。
今だって毅然たる態度で部下を率いていて、そこに痺れも憧れもしないが素直に凄いとは思う。私には到底できない統率だ。
「そうだ。ナインスに聞きたいことがあったんだ。ユイは、フォースは何処に居るんだ?」
「教えない」
間髪容れず答えた。
アゲハは非常に不服そうだったが、それでも私は教えない。お姉ちゃんは私だけのモノなのだ。
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