第14話

 予想通り、ジュリアス殿下とジェフリー、それから衛兵がやってくるまで時間はかからなかった。侍女エリアル・エイジーは素早く拘束された。男爵令嬢である彼女は貴族向けの地下牢に放り込まれたが、仮にも貴族ではあるのだから、それほどひどい目には合わないだろう。——刑罰が執行されるまでは。


 カチュア殿下は気持ちを落ち着かせるために別室で眠らせている。もちろん、ジュリアス殿下の御許可を頂いたうえで。これだけの騒ぎが起きたので、シェリーとユージンは先に屋敷に帰らせている。二人ともかなり混乱していた様子だが、ベラ夫人がいれば心配はないだろう。


「それで、これが問題のイヤリングか。魔道具で間違いないのか?」


 ジュリアス殿下が、エリアルの身に付けていたイヤリングを灯りにかざしてしげしげと眺めている。イヤリングは一見何の変哲もない金のイヤリングだ。王妃がお気に入りの侍女に下げ渡すものとして特に違和感はないだろう。しかし輪の内側には細かい紋様が刻まれている。これは明らかに魔力式だ。


「間違いないでしょう。イヤリングの輪の内側に、魔力式らしき紋様が刻まれています。どのような術が仕込まれていたのかはアカデミーに戻って解析する必要があるでしょうが、ルビーを使っていること、エリアルが火属性の魔力持ちであったことを考えると——恐らく火属性の魔法——対象を興奮状態に陥らせる『熱狂ファナティック』ではないかと」


 わたくしの見解を聞いて、ジュリアス殿下が苦い顔をする。



「そして、それが義母上から下賜されたものであるのだな」


 彼は念を押すように確認した。


「メイヴェル夫人の証言では、そうですね。エリアル嬢もそのように証言するでしょう」


 わたくしは首肯する。状況だけ見れば、エイプリル王妃殿下は真っ黒だ。明確にカチュア殿下に対する害意がある。


 実の母でなくとも、家族は家族だ。妹に害意を持っているとなれば、面白くはないだろう。もっとも、『西風の宮』におけるカチュア殿下の扱いをジュリアス殿下も知らなかったわけではないだろう。いずれは明らかになったことだ。


 魔力暴走は、時に命に係わる。魔力枯渇を起こせば肉体は激しく衰弱するし、属性によっては自分自身の体を傷つける。例えばカチュア殿下が火属性の魔力持ちなら、ドレスに火が点いて大やけどを負っていた可能性もある。火傷の痕の治療は魔法を使えば不可能ではないけれど、難しい施術だ。そもそも火災になったり、建物が崩れたりすれば命を落とす可能性だってある。


「しかしエイプリル王妃殿下が簡単に認めるとは思えません。『そんなもの下賜した覚えがない』『そんな侍女は知らない』の一点張りで通すのではないですか?」


 眉をひそめて意見したのはジェフリーだ。ジェフリーは氷属性。わたくしと同じく精神の昂ぶりを抑える術が使えるし、万が一建物が倒壊しかけていれば、氷魔法で一時的にそれを支えることができる。


 ジェフリーの疑問に対してジュリアス殿下が答える。


「そこは大きな問題にはならない。王妃や王女の持つ装飾品は、王室の財産でもある。王妃や王女には化粧料として予算が与えられているが、その予算内で購入したものは必ず記録に残さなければならない。誰かから贈呈されたものであれば、如何わしい術がかけられていないか、必ず検査を通る。これも記録に残さなければならない。侍女や女官に自分の持ち物を下賜する場合も、王家の財産を与えるわけだから、当然記録に残さねばならない。侍女や女官が宝飾品の類を持ち込む場合も同様だが——メイヴェル夫人、今回エリアル嬢が身に付けていたイヤリングについてはそうした検査を通っていないのだな?」


 ジュリアス殿下がメイヴェル夫人に水を向けると、少々青白い顔になった彼女は、それでも淀みなく答えた。


「はい。エリアルが件の耳飾りを身に付けたいと申し出た時に、確かに記録を精査いたしました。同様の品をエイプリル殿下からエリアルに下賜なされたとの記述を確認しましたので、わたくしから許可をくだしました。ただ、エイプリル殿下がどのようにして耳飾りを手に入れられたかまでは把握しておりません。残念ながら閲覧の顕現が与えられませんでしたし、そのような危険な品を一介の侍女に下賜なさるとは思ってもみませんでしたので」


 その答えを聞いて、ジュリアス殿下は頷く。


「エリアル嬢の配置転換の経緯については知っているか?」


「いいえ、存じ上げません。エイプリル殿下の不興でも買ったのかと思ったのですが、そのような話も聞いておりません。ただ——」


 そこまで言ってメイヴェル夫人は言いよどむ。


「ただ?」


 そこを見逃すジュリアス殿下ではない。彼は尋問の手を緩めなかった。


「——ここ『西風の宮』の人事については、すべてエイプリル王妃殿下次第でございます。奥をまとめるのが王妃たる方の務めでございますれば、これは当然のこと。クラリッサ殿下亡き今、エイプリル王妃殿下の差配に口を挟める者など、この『西風の宮』にはおりませぬ」


 メイヴェル夫人の意見に、ジュリアス殿下は「なるほど」と頷いた。


「あい分かった。ブリジット嬢、件の耳飾りを持ち帰り、アカデミーのワイズマン教授に分析を依頼してほしい。俺としてはブリジット嬢の見解に相違はないと思うが、実績があると説得力が違うからな。——それとご令嬢には酷かもしれんが、尋問に君の闇魔法が必要になるかも知れない。同席を願えるだろうか」


 ジュリアス殿下の言葉に、わたくしは頷く。


「かしこまりました。尋問とか、そういうの大好きでございます」


「……」


「殿下、姉は昔からこうなので、お気になさらず」


 ジェフリーが口を挟むと、ジュリアス殿下は気を取り直したのかえへんと咳払いした。わたくしはなんだか腑に落ちないが。


「ジェフリーは俺と共に耳飾りの出どころを洗ってくれ。義母上だけで入手できる代物とは思えない。場合によっては侯爵閣下にお力添えを願うかも知れん」


「仰せのままに」


 その言葉にジェフリーはその場に跪いて、諾の返事をした。


「メイヴェル夫人。この件については厳しく箝口令を敷いておいてくれ。父上と俺の名前を出して構わん。事が収まるまで、口外した者は厳罰に処すので、それも合わせて伝えておくように」


「御意にございます」


 メイヴェル夫人が硬い表情で頷く。


「家庭教師とカチュアの学友の件は、今後も続けてほしい。あれは『西風の宮』で孤立しているからな。魔道具の影響がなくとも魔力暴走が起こる可能性があるが——その点ブリジット嬢がいれば安心だ」


「ジュリアス殿下、その件なのですが」


 ジュリアス殿下の言葉を受けて、わたくしは色気もそっけもない、白い小箱を取り出す。


「魔力暴走を抑えるチョーカーを用意して参りましたの。妹に身に付けさせて、効果自体は実証済みです。後はどのように流通に乗せるか、というところまできております。黒、白、紫の三種を用意しておりますので、どうぞお好きな物を身に付けていただくよう、カチュア殿下にお伝えいただければ」


 わたくしがジュリアス殿下に小箱を渡すと、ジュリアス殿下は「ふむ」と鼻を鳴らす。


「準備の良いことだな。黒、白、紫——母上と、父上と、俺の色か」


「左様にございます」


「心遣いに感謝する。念のため検分はするが『バタールの魔女』謹製の品とあれば効果は間違いあるまい。その魔道具を身に付けて過ごすよう、カチュアに伝えよう」


「よしなにお願いいたしますわ」


 わたくしが一礼して緩く微笑みかけると、ジュリアス殿下は力強く頷いた。それから小さくため息を吐く。


「これでは当面、ヒューストン侯爵家に頭が上がらなくなるな……」


「王家の皆さまがたをお守りするのは当家の本分にございます。どうぞお気になさらず」


 苦笑いするジェフリー殿下に、わたくしがヒューストン家を代表してそう答えた。

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