第15話
その後、牢に押し込められたエリアル・エイジー嬢の尋問に移ることになった。
下級とはいえ、エリアル・エイジーは貴族令嬢だ。貴族用の牢獄に押し込められている彼女の扱いはそれほど悪くない。――これからどうなるかはわからないが。
わたくしは闇魔法による尋問の必要が出て来る可能性があるとして、殿下の尋問に付き添っている。闇魔法は精神に干渉する魔法が多い。意識を『消して』相手を昏倒させる『
侍女用のお仕着せのまま牢のベッドに腰掛けるエリアル嬢は、どこか悄然として見える。——まあそれも当然だろう。王族を害したのだ。その罪は本人のみならず、親族にも及ぶ。下位貴族の男爵家ならば、トカゲのしっぽのように簡単に切り捨てられるだろう。
「エリアル・エイジー嬢。話を聞かせてもらおう」
「……はい」
エリアル嬢はもう諦めているのか、視線を床に落として静かに頷いた。
「お前は我が妹カチュアの精神に、耳飾り様の魔道具を以って干渉を行っていた。相違ないな?」
「相違ございません」
「それは第二王妃エイプリルの指示によるもので間違いないな?」
「……はい。相違ございません」
「魔道具の出どころは知っているか?」
「存じ上げません。わたくしはエイプリル王妃殿下より、かの耳飾りを賜ったのみにございます」
エリアル嬢の答えに、ジュリアス殿下は深くため息をついた。
「ブリジット嬢、君から何か彼女に聞いておくことはあるか?」
え、そこでわたくしに振る?
でも、何も聞かないわけにはいかないわよね。そうね、強いて気になることと言えば――。
「エリアル嬢、なぜエイプリル殿下からの指示を誰にも報告なさらなかったのかしら? 確かにあなたは立場上、エイプリル殿下に逆らえないでしょうけれど、エイプリル殿下にカチュア殿下を害する意図があったと知っていれば、それを女官長や侍女頭、あるいは他の権威ある方に報告することがまったく不可能であったわけではないでしょう?」
わたくしの問いに、エリアル嬢は少し躊躇ってからこう答えた。
「それは——女官長は完全にエイプリル殿下のお身内ですから、報告しても意味がないと考えました。あの方もディオール公爵家一門の貴族ですから」
「では侍女頭に助けを求めなかった理由は?」
「……わたくしには弟がおります。亡き実母の忘れ形見で、エイジー男爵家の嫡男にございます。ただ弟は——継母から手酷い扱いを受けたうえ、病に臥せっておるのです。しかし当家の財政は苦しく、魔法医に支払う報酬を支払う目途も付かない状況にございました。そのためわたくしが王城に出仕することになったのですが、そこにエイプリル殿下から資産援助の申し出を受けました」
なるほど。弟を盾に取られたわけか。でもそれにしては——。
「弟君の御病気はそれほど重篤なものですの? 魔法医が派遣されて快復の兆しが見えないのなら、それは大抵、不治の病でしょう。そのような話は聞いていて?」
わたくしの言葉に、エリアル嬢は目を見開いた。
「そのようなお話は——聞いておりません。そもそも、生家とはここしばらく連絡が取れず——どのような状況にあるかもわからないのです。」
「継母の出身は?」
「ディオール公爵家の縁戚であると……聞いております」
つまり継母もグルである可能性が高い、ということだ。
「ジュリアス殿下、恐れながらご進言を申し上げます。エイジー男爵家の財政状況——特に社交費、遊興費などを重点的に洗うべきです。また、後妻と身辺を徹底的に洗うべきかと」
わたくしの進言に、ジュリアス殿下は頷く。
「査察の結果にもよりますが——縛り首は後妻殿だけで十分でしょう。エイプリル王妃殿下からの命であったことが真であれば、エイジー男爵並びにエリアス嬢には毒杯を賜る権利を与えるのが妥当かと。嫡男はまだ幼いでしょうから、ヒューストン侯爵家で引き取り、治療および養育を行うよう、父に進言いたします。家名の存続については、一度準男爵に降格し、嫡男の働き次第で男爵ないし子爵に陞爵——ここが落としどころではないでしょうか」
「ふむ……少々甘くはないか?」
「あえて温情をかけ、下位貴族を取り込むのも必要なことかと。一部の上位貴族による専横から保護を受けられると認知されれば、下位貴族による支持基盤もできましょう」
わたくしの言葉にジュリアス殿下はしばらく考え込んで、「わかった」と頷いた。
結局闇魔法の出番はなかった。後日発表されたエイジー男爵家に対する処遇はわたくしが提案したよりも大分温情あるものだった。
エイジー男爵並びにその後妻キャスリーンは王都の広場にて縛り首。エリアス嬢は修道院送り。まだ10歳の嫡男グレンはお父様を後見人としてヒューストン侯爵家預かりとなった。
おそらく下級貴族の反発を避けるため、取り潰しおよび降格は避けたのであろう。
ただディオール公爵家の縁戚であるキャスリーン夫人に対して、縛り首の刑が下されたことについては貴族の間でそれなりの衝撃が走った。
これは取りも直さず、王室がディオール公爵一門、ウィリアムズ公爵一門に強い不信感を抱いていることを明確にする沙汰でもあった。
後から聞いた話によると、キャスリーン・エイジーはエリアル嬢からの仕送りを嫡男の治療費に宛てず、すべて社交のため——要するにドレスや宝石に費やして遊び呆けていたらしい。そしてエイジー男爵もそれを諫めることなく放置していたのだと言う。
これが国王陛下の怒りを買い、両者の絞首刑に繋がったのだとか。
エイジー男爵家の嫡男グレンの病は、闇属性の魔道具の影響であることが判明した。これもキャスリーン・エイジーが仕掛けたものであったらしい。生命力を徐々に奪う呪いの類である。現在はヒューストン侯爵家の庇護下にあり、王都のエイジー男爵邸で療養生活を送っているとのことだ。
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