第12話

 ジェフリーの提案とは以下のようなものだ。


 まず、わたくしを王城にいるカチュア殿下のもとに潜り込ませる。名目は単純。魔力を暴走させがちな王女殿下に、魔法制御を学ばせる家庭教師として『バタールの魔女』と名高いわたくしを派遣する。


 そこにカチュア殿下と同年代であるシェリーとユージンを同席させる。


 カチュア殿下は人見知りの気があるらしいから、犯人にとっては意図的にかんしゃくを起こさせる絶好のチャンス。行動を起こさない理由がない。


 そして、その場にいた者たちの持ち物を、それらしい理由を付けて検査する。


 そこで魔道具が出てくればよし。出てこなくとも『バタールの魔女』によって魔力暴走が抑えられてしまえば犯人の目論見は潰える。


 若干腑に落ちないところがないではないが、同年代の学友が増えるのは、王女殿下の情操教育にとっても悪いことではない。わたくしが傍にいる限り魔力暴走が発生してもシェリーとユージンは守れるから作戦自体に問題はないだろう。


 幸いシェリーもユージンも、同年代の子供たちと比較すれば教育は行き届いている方だ。王城で問題を起こすことはないだろう。


 そのうえで、お父様とお母様の許可を得て、わたくしとシェリー、ユージンは王城に上がることが決まったのだ。


 そして、初めて登城する日。


 わたくしたちは王家が派遣した馬車に揺られていた。ジェフリーはジュリアス殿下の決裁が必要な書類が溜まっているとかで、今日は王城に泊っている。セオフィラス殿下がきちんと政務をしてくださればあり得ないことなのだけれど——無能な働きものほど邪魔なものは存在しないからね。


「シェリー、ユージン。王城の皆さんの失礼のないようにね。——でも緊張する必要もないわ。嫌なことははっきりと意見なさい。王族の方には、そのように対等に付き合えるご友達が必要なのよ」


 少し緊張した面持ちのシェリーとユージンは神妙な顔で頷いた。王城に上がるのはわたくしも初めてなのだけど、特に緊張はしていない。わたくしとジェフリー、シェリー、ユージンについては、国王陛下から『不敬罪については、これを一切罪に問わない』との免状をいただいている。だからと言って積極的に無礼を働いてもいいという話ではないけどね。


 これはつまり、エイプリル王妃殿下や、セオフィラス第一王子殿下が権力を使って妨害してくるのを阻止するための、まあ気休めのようなもの。このお二人だって表立って動けないのは変わらない。直接妨害してきたら、関わっていますと白状しているようなものだからね。


 ちなみに王子や王女の教育については、本来王妃に一任されている。第一王妃殿下亡き今、エイプリル王妃殿下が手配をするのが普通なのだけれど、国王陛下はそのような権限を第二王妃エイプリル殿下に与えていない。——エイプリル王妃に対する国王陛下の心証が分かろうというものだ。まあ、教育に対する裁量権を与えられていたとしても、社交にばかり熱心なエイプリル王妃殿下がまともな教育をするとは思えないけれど。


 ユーリエ島にある王城は、風光明媚な観光地として知られている。初代国王が城を建てた際、膨大な魔力を持つ春の魔女が、この城に祝福をかけたという。以来、城の壁には特に手入れをしなくとも四季折々の花が咲いている。もう数百年前の話だが、どういった仕組みで花が咲くのかについては、未だに解明されていない。


 馬車の中でユージンはがちがちに固まっていて、王都でまだあまりお出かけをしていないシェリーは窓の外の景色に釘付けだ。王都——特に貴族街の景色は華やかだからね。


「シェリー、お行儀が悪いわ。きちんと座っていないと、あとでベラ夫人に言いつけますよ」


 そう言って脅すと、シェリーはきちんと席に着いた。シェリーは朗らかでかわいらしい子だけれど、落ち着きがないのが難点ね。


 王家の馬車だから、城門はすんなりくぐることができた。あれこれと因縁を付けられる可能性も考えていたが、それがなかったのは重畳である。


 王城に通されたわたくしたちは『西風の宮』と呼ばれる、王妃や王族の子供たちが暮らす離宮へ通された。王城が出来てからしばらくして建てられたという建物は、確かに時間の経過を感じさせるが丁寧に手入れされていて、間違ってもオンボロには見えない。


 道中シェリーがきょろきょろと周りを見回しているのをわたくしが注意したり、がちがちに緊張しているユージンが何もないところで躓いたりしたけれど、王城に勤める人々はそんな様子も微笑ましく見てくれているようだった。


 『問題児』であるカチュア殿下の家庭教師として呼びつけられたわたくしに対する同情の視線はちょっと余分かなと思うけれど。


 さて、今『西風の宮』に暮らしているのは第二王妃エイプリル殿下と、王女カチュア殿下だ。ジュリアス殿下とジェフリーの話によると、両者の仲は良好とはとても言えない状態。廊下ですれ違っても挨拶なんて当然しないし、エイプリル殿下なんて、カチュア殿下を見かけると聞えよがしに舌打ちなんてするらしい。……とても公爵家出身とは思えない振る舞いだわね。


 それでカチュア殿下についている女官や侍女、メイドだけどこれもなんだかきな臭い。とりあえずメイドは下働きが多いから、カチュア殿下と接する機会もなければ、当然嫌がらせなんかをする機会もない。ただどうやってかジャスパーがそのメイドたちから仕入れてきた情報によると、女官や侍女たちはカチュア殿下にかなり厳しく接しているみたい。


 侍女たちは常に無表情で、最小限の口しか利かない。事務的に仕事をこなすだけで、その仕事もかなり雑。まあこれは相手が王族であると考えれば仕方ない部分もあるだろう。カチュア殿下にとっては相当居心地が悪いだろう。


 一番問題は女官だ。カチュア殿下の教育については、とてもエイプリル殿下には任せられない。だから女官が差配をしているわけだけど、教育係はディオール公爵家やウィリアムズ公爵家の派閥に属する貴族家の者ばかり。


 カチュア殿下の母君はお隠れになったクラリッサ殿下だ。要は成長すればカチュア殿下がジュリアス殿下を指示することになるのは目に見えている。


 だから女官たちはジュリアス殿下がカチュア殿下と接触するのを妨害したり、教育係を通してあることないこと吹き込んだりいるらしい。加えて、度を越した教育が行われている可能性が高い、というのがジャスパーの見解。


 おそらくジャスパーのことだからジェフリーの指示で『西風の宮』の状況を探ったり、メイドたちを口説いたりしたんだろうけど——いや本当にどうやって調べたの? 法に触れるようなことは——いや、たぶんしてるんだろうなあ。


 さて、『西風の宮』に入ったわたくしたちは、さっそくカチュア殿下との面会を申し出た。これは国王陛下から直々にご下命をいただいたもので、カチュア殿下の一日の予定に組み込まれているはずなのだが――。


「カチュア殿下にはご学友も新たな家庭教師も必要はございません。早々にお引き取りくださいませ」


 これである。


 カチュア殿下担当の女官、セルマさんの対応がこれ。わたくしたち一応、王命でここに来ているのだけれど、それを足蹴にする意味、わかってらっしゃるのかしらね?


「お言葉ですがセルマ様。何かの行き違いがあるのでございませんか? 此度『西風の宮』に参ったのは紛うことなき国王陛下のご下命によるもの。やすやす引き下がったとあっては、我が侯爵家は相応の罰を受けねばなりません。……ところでセルマ様はウィンリー子爵家のご出身だとか。子爵家の次女が『西風の宮』の女官職に就いたとあれば、ご家族もずいぶんと鼻が高いことでしょうね。しかも王命を無視してわたくしども侯爵家の人間を追い返せるほどの権力を握っているだなんて! わたくしがセルマ様のお母君なら、感動に打ち震えて夜も眠れなくなりますわ」


 意訳、『子爵家の次女風情が侯爵家の長女に喧嘩売ってただで済むと思ってんの? すぐに態度を改めれば許してやるけど、どうする?』である。


 さすがに海千山千の宮廷で鍛えられただけあって、セルマ・ウィンリー女子は顔色をさっと青くした。——誰を敵に回したか理解したらしい。自分の出自まで把握されているとは思わなかったんだろうなー、バカだなー。王命を蹴ろうとする時点でバカだけど。


 ワイズマン教授がそうだけれど、強力な魔法師はたった一人で戦況を覆したり、街一つを叩き潰したりするくらいの力を発揮することがある。お父様やジェフリーなら、それが可能だ。わたくしも条件が整えば可能。氷属性のお父様やジェフリーなら領地に季節外れの雪を降らせるとか、わたくしなら領主や代官の『理性』を消失させるとかね。


 この国に生きる貴族なら、ヒューストン侯爵家の魔法師の恐ろしさは知っているだろう。お父様だって領地経営に専念する前は、王宮魔法師団でぶいぶい言わせてたらしいし、ジェフリーもジュリアス殿下の魔物討伐に同行して、実力を見せている。


 わたくしに関しては『バタールの魔女』なんて綽名が付くくらいだから察していただきたいところ。


「――すぐに確認して参ります」


 女官セルマは一礼するとすぐに踵を返した。女官長に確認を取ってくるのだろう。女官長ともなれば、おそらくエイプリル王妃殿下の息がかかっている——というかべったりのはずだ。こうして間接的に妨害してくるのは予想の内。


 エイプリル王妃殿下にとってはここが勝負どころだろう。ただでさえ国王陛下の心証が悪いところに、意地を張ってわたくしたちを追い返すような真似をすると「王命に反した」ことになる。ただでさえエイプリル王妃殿下とその派閥は国王陛下に疎まれているのだ。そんなことをすれば、何らかの『粛清』が行われることは予想に難くない。


 ウィリアムズ公爵家やディオール公爵家の一門が文官に取り立てられているのは、その方が国のためになると判断されているからだからね。王家に叛意ありと判断されれば、途端に冷遇されるのは当然の話だ。


 10分ほどして、女官セルマがわたくしたちのところに戻ってくる。


「……お待たせしました。どうぞお通りください」


 そう言って頭を下げた。——カチュア殿下の元まで案内する気はないらしい。


「わたくし、『西風の宮』に入るのは初めてですの。ええ、わかっておりますわ。王家の方々と深い関わりがなければ、普通は立ち入れない場所ですものね? でも困ったわ、迷って『入ってはいけない場所』に入ってしまったらどうしましょう?」


 意訳、『カチュア殿下のところに案内しないなら、離宮を好き放題見物して回るけど、いいんだな?』である。


「……ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 セルマ女史の顔は青を通り越して真っ白になっている。さもありなん。ついでに止めを指しておこう。


「セルマ・ウィンリー様。大変親切なご対応、わたくし感激いたしました。あなたのお名前、しかとお父様に伝えておきますわね」


 耳元でそう囁くと、セルマ女史はカチュア殿下の部屋に着くまでずっとかたかたと震えていた。


 長い物には巻かれろとは言うけど、巻かれる相手はきちんと選ぶべきよね。

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