第7話

 と、言うわけで。


 やって参りました姉弟デート!


 さて、この我が麗しき王都の構造を少し説明しておこう。


 まず王城を中心に、放射状に貴族街が広がっている。これが元々あった街で、領地貴族の居留地であるタウンハウスや、宮廷貴族の屋敷なんかが並んでいる。貴族たちは競うように美しい屋敷を建てたがるので、中々見応えのある場所だ。許可証があれば平民でも立ち入ることは可能だが、観光目的での立ち入りは不可だし、平民は貴族街に土地を持つこともできない。


 貴族の御用聞きをする商人たちは、貴族街を囲う城壁のすぐそばに店を構えている。したがって商業区と呼ばれるこの地区は、概ね裕福な商人階級が暮らしている。この辺りに店を構えられるようになったら一級の商人として商品の品質は担保されたようなものだ。貴族のみならず、そこそこ経済力のある平民もここで買い物をすることがある。庶民からすると「ちょっと奮発する時は商業区に行く」という感覚みたいね。お誕生日や結婚記念日に商業区のレストランに行ったりとか——これはスザンナ情報。


 そのさらに外側には商店と住居が入り乱れた平民街——スザンナたちが『下町』と呼んでいる区画がね。貴族の屋敷で働いているが住み込みではない使用人や衛兵、兵士、騎士爵をまだ受け取っていない騎士や魔法師、職人——色んな人々が住んでいる。スザンナの実家であるパン屋があるのもここ。貴族と商人が居を構えてしばらくしたら、平民が勝手に家を建てるようになったみたい。


 貴族街や商業区と比べると、治安はあまりよろしくない。身なりのいい貴族や商人が無防備に歩いていると、すぐにすりやひったくりに遭遇する。窃盗のプロは魔法を使う隙をなかなか見せてくれないので、下町に慣れた護衛や案内役を連れて行くのは必須である。


 そのさらに外側にあるのが貧民街——つまりスラムだ。領地から逃げだしてきた農奴や、職にあぶれた貧困層が暮らしている。ここは極めて治安が悪い。王家のお膝元ながら官憲が見て見ぬふりをしているので、貧困層や裏社会に生きる人々だけでなく、政治犯が潜んでいるとの噂もある。


 宮廷としては解体したいところなのだろうけど、スラムに暮らしている人々を、他領に押し付けるわけにもいかない。加えて裏社会の住人は王宮に勤める人々にとって『都合の悪い事実』を色々と知っている。だから中々手を出せないのだろう。


 そんなこんなで、ユーリエ島の面積ほぼ八割から九割が『王都』だ。その周辺の防備を固めるのがキャロリエ海峡に存在する島嶼地域の各貴族である。その代表格がヒューストン侯爵家やクラウン伯爵家というわけ。


 これらの貴族家は王家の盾としてかなりの戦力を有しているわけだけど、翻せばそれは王家にとり喉元にナイフを付けつけられている状態と同じ——実はヒューストン侯爵家もクラウン伯爵家も、王家からすればあまり機嫌を損ないたくない相手で、家格が上である各公爵家よりも影響力が強かったりする。普段積極的に中央の政治に関わらないだけに、一度動けばその影響はかなり大きい。


 ジェフリーが第二王子ジュリアス殿下の従卒になったのはかなりの衝撃だったらしい。あの子は魔法師団に入隊して指揮官としての経験を積むと目されていたから、当然かも知れない。けれどジェフリーは魔法師であると同時に。次期領主でもある。そう考えれば実務能力の高いジュリアス殿下の下で経験を積むのは間違ってはいないだろう。中央の情勢について、情報を集める必要もあるしね。


 とは言え、女性にしか知り得ない情報と言うものがある。殿方が好ましい女性についと情報を漏らしてしまうことは多いという。だから女性の間諜というのも、実は珍しくない。侍女やメイドになって貴族の屋敷に潜んだりね。


 わたくしが社交を真面目にやる気になったのも、社交の場における女性たちの力関係をきっちり把握するためだ。矢面に立って政治をやる淑女は少ないが、結婚した淑女は女主人として家中で采配を振るい、家を支える屋台骨だ。夫と信頼関係を築けているか。女主人としての能力——使用人たちをまとめているか。家政に関する知識はどの程度か。社交の目的を見失って浪費をしていないか……彼女たちの力量を見極めて、どの家と、どの程度深くお付き合いするか見定めなければならないのだ。


 その辺りの采配が拙い家と不用意に深い繋がりを持ってしまうと、後々大きな問題になるからねえ。面倒だけど必要なこと。


 女性が身に付けるドレスや宝飾品は、男性にとっての武器や鎧だ。その家にどれだけの財力——あるいは伝統があるかを示す証でもある。着こなせていない派手な服装は下品と取られる。場にそぐわない服装は無教養と取られる。


 もちろん、懇意にしている商会の意見を取り入れても良いけれど、基本的に彼らは『売りたいものを売る』ので、真に信用できるかどうかというと微妙だ。わたくしは広告塔になるほど社交界で知られた存在ではない。何を着たって「お似合いです」と褒め称えるだろう。お母様やシェリーが着ているような淡い色合いをした流行りのドレスは、上背がたかいわたくしには恐らく似合わないだろう。


 それに流行を追うのも大事だが、それで似合わない服を着ているようでは目も当てられない。美女が着れば何を着たって似合うものだが、わたくしは所詮中の上。ドレスや宝飾品は十分に吟味しなければならない。そのためにジェフリーと一緒に店舗まで赴くのですからね。


 さて、わたくしとジェフリー、メグ、ジャスパー、それから二名の護衛騎士は馬車に乗り、貴族街を出て、商業区へやってきた。商業街区までなら目抜き通りでなくても馬車が行き来できる程度には道幅が広い。


所業区はいつ来ても賑やかな場所だが、平民街には負ける。——ジェフリーには内緒だが、わたくしは平民街にある屋台で買い食いするのが趣味の一つだったりする。


「姉上、こちらの店です」


 ジェフリーに案内されたのは中堅どころの、大きくも小さくもない服飾専門店であった。


 ジェフリーが先頭に立って馬車を降りる。ジェフリーはわたくしの手をとってエスコート——とかはしてくれなかった。姉は悲しい。


「ジュリアス殿下付の侍女の方に教えていただいた服飾店です。商人が利用することが多いとのことですが、値段の割にデザインに工夫が施されており、最近は貴族との取引も増えているそうですよ」


「ということは宝石の類は別の店で見るつもり?」


「そうなりますね。そちらは宝石の専門店で見た方がよいかと」


「わたくしとしてはお母様のものをお借りしてもいいのだけれど」


「それでは侯爵家が侮られることになりますから」


 ジェフリーはそんなことを言った。


「確かに結婚適齢期を控えた娘に宝石の一つも買ってやれない侯爵家という噂が広まるのはよろしくないかと」


 ジェフリーの言葉に口添えをしたのはメグだ。社交の意義を考えると、確かに効果な宝飾品の一つや二つ、持っていた方がいい、か。


「では、姉上、店内に」


「ええ」


 一応納得したわたくしは、ジェフリーに誘導されて店の中に入る。


 ――ところで、先ほどからじっとこちらを見つめる視線を感じるのだけれど、気のせいかしら?

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