第3話

 そんなこんなでわたくしたち五人は四阿に移動した。


 小さなお茶会の始まりだ。お茶の席はわたくし付きの侍女であるメグと、ジェフリー付きの侍従であるジャスパーが整えてくれている。メグは水属性の魔力持ちで、魔力量はあまり多くないけれど、お茶を淹れるのがとても上手だ。幼い頃からわたくしの面倒を見てくれていて、わたくしのだらしないところを諦め――じゃない、特に叱りもしないいい加減——じゃない、心の広い侍女である。


 ジャスパーはどちらかというと諜報員的な側面が強い人ね。風属性の魔力持ちで、探索の術なんかに長けている。魔力が性格に影響するとは別に思わないけど、そうだと言われても不思議はないくらい掴みどころのない人。社交の場や宮廷でジェフリーがまずい立場に置かれないよう、暗躍するのが彼の役目。もちろん、護衛や身の回りの世話も彼の仕事だけど、ジェフリーは多感な年頃のせいか、身の回りのことをあれこれされるのが嫌なようだから、生活面ではジャスパーはあまり手を出さないことにしているみたいね。


 さて、給仕を受けながらわたくしたちはお話に花を咲かせる。


 テーブルに広げられたお茶もお菓子もジェフリー好みのものばかり。お茶はほのかに柑橘の香りがする渋みの少ないもの。お菓子は何よりも見た目重視。クッキーはかわいらしい花や動物の形を象ったもので、色とりどりのアイシングで装飾されている。それとこれも色とりどりのメレンゲ菓子や砂糖菓子だ。


 どちらかと言うとご令嬢や子供が好みそうなものだけど、厨房の使用人たちは楽しそうだしまあわたくしとしては美味しければなんでもいい。


「まあ、お姉様とお兄様は王都でデートをなさるのですね。わたくしももう少し早く生まれていたら、ご一緒できたかしら」


「ちょ、な、ま、シェリー。僕たちは姉弟だ。で、でででデートだなんて、そんなことになるわけがないだろう」


 二人して王都でドレスを見に行くことになった話をすると、シェリーは瞳を輝かせ、ジェフリーは顔を赤くしてあからさまに動揺する。我が家の弟妹はかわいいなあ。


「お嬢様が着飾ることに興味をお持ちになられて、メグは嬉しゅうございます」


 メグがわたくしのカップにお茶のお代わりを注ぎながらそのように口を挟む。わたくしがまともに着飾ったのなんで、デビュタントの時以来だものね。手がかからないと言えば聞こえはいいけれど、侍女としては張り合いがないのかも知れない。


「ドレスが欲しいなら王都のタウンハウスに仕立屋を呼べばいいんじゃないのか?」


 と、ユリシーズ。


 わかってないね、チミは。


 我が弟は乙女脳なのよ。大好きなお姉様と一緒にお出かけして、一緒に服を選んだりするのに意味があるのよ。普通の殿方はそういうの面倒みたいだけど、ジェフリーはまったく苦にならないどころか、かわいいものやきれいなものが大好きだからね……。それにタウンハウスに仕立て屋を呼ぶと、大体女性だけで完結しちゃうからジェフリーが口を挟む余地はなくなるのよ。


 ほら、案の定ジェフリー、あなたのことめっちゃ睨んでるじゃないの。ジャスパーが後ろで笑い堪えてるけど。


「いいなあ、王都。僕も行ってみたいです。お城はいつも、お花で飾られているのですよね」


 シェリーとユージンはまだこの島を出たことがない。バタール島は大体すべての産業において地産地消が成り立っていて、「領地経営の手本」とされるくらいいいところなのだけれど……都会への憧れも強いのだろう。風光明媚なのは確かだけれど、人口密度が高い分よからぬことを考える輩も多いから、断じて貴族の子供が一人で出歩けるような場所でもないのですけれどね。


 とはいえユージンは騎士になりたいみたいなのよね。我が家に仕官にするにしても、応急や他家に仕官するにしても、十二歳くらいから王宮騎士団に従卒として入隊することになるから、その内王都には行くことになるでしょうね。シェリーはどうかしら……魔法を使うこと自体は好きみたいだけど、王立魔法アカデミーは狭き門だし、淑女にとって決して居心地のいい場所ではないのよね。


 魔法を極めたいという情熱があるのでなければあまりお勧めできない進路だわ。まあ、ベラ夫人にマナーと教養を教わって、社交界デビューすれば王都を訪れる機会も増えるでしょう。我が家は両親が社交嫌いだからいつになるかはわからないけれど、わたくしやジェフリーが付き添ってもいいですしね。


「わたくしのお友達にも二人を自慢したいし、王都のタウンハウスに遊びにくる? もちろん、お父様とお母様のお許しが出ればだけれど」


「いいのですか、お姉様!?」


「ご迷惑ではないのでしょうか?」


 わたくしの言葉にシェリーが顔を輝かせ、ユージンが上目遣いでこちらの顔色を窺っている。ユージンは家事の手伝いもしているらしいけど実質侯爵家の居候だからね。色々と遠慮があるのだろう。シェリーよりも少し先に大人になっている感じがするわ。いずれにしてもかわいいのだけど。


「あら、そんなことはないわよ。王都はこの島ほど治安がよくないから、子供だけで街に出たりはできなくなるけれど、それでもよければそのままタウンハウスに住んでしまえばいいわ。そしたらユージンは魔法の教師に不自由しなくなるでしょうし、シェリーも王都で学べることは多いはずよ。ユージンと違って、将来どうしたいか、はっきり決めていないのでしょう」


「わたくし、王子様と恋がしたいわ、お姉様」


 確か第一王子のセオフィラス様が23歳、第二王子のジュリアス様が21歳だったわよね……普通に事案じゃない?


 いや、シェリーの言っている王子様は『概念としての王子様』――えーと、絵本に出て来る『白馬の王子様』的なアレなんでしょうけど。話に聞くこの国の王子たちは、いずれもそのイメージには当てはまらないわ。


「シェリー、夢を壊すようで申し訳ないけれど」


「姉上」


 現実を伝えようとしたら弟からストップが入った。そうね。いずれ知ることになるのだものね。この年頃の子が抱く王子様像って言ったら、金髪で穏やかな性格のユリシーズやユージンの方がよっぽど王子様っぽいわ。二人とも将来有望だし。


 それよりシェリーにはユージン以外のお友達を作ってほしいわね。なまじ魔力量が大きすぎるのと、領主の娘ということもあって、シェリーと対等に付き合える同い年の子なんてこの島にはいないから。派閥のことが難しくはあるけれど、中立に徹しているのはクラウン伯爵家を始め、我が家だけではないしね。


「ところで、ねえ。シェリーはユージンのこと、どう思っているんだい?」


 ユリシーズがシェリーに向けて剛速球を投げる。さすが武門の家柄——穏和に見えてなかなか……デリカシーがない。


 ユリシーズに問われたシェリーがぽっと頬を赤くする。


「ユージンのことは……お兄様のような弟のようなお友達のような……うーん、うまく説明できませんわ……ウルお兄様ったら、なんでこんなことをお尋ねになるの? いじわるだわ」


 シェリーが顔を赤くしてユリシーズを睨み付ける。


 見るとユージンも顔を赤くして俯いている。


 はは~ん? これは……理解。あとでお父様とお母様に報告しておこうっと。


「ユリシーズ殿。今の質問はデリカシーに欠けるのではないですか?」


 乙女脳の我が弟はぷんすこしている。かわいい。いや、顔はいつもの仏頂面なのだけれど。


「ジェフリー、目くじらを立てても無駄だわ。殿方とはそういうものよ。ジェフリーが繊細すぎるのよ。ましてやウルの家は武門の家系なのだから、無神経なのは仕方ないわ」


 わたくしが仲裁に入ると、ジェフリーはそっぽを向いて黙り込んでしまった。これは完全なご機嫌ななめ、『ジェフリーきゅんおむずがりモード』と使用人の間で呼ばれる状態である。


 使用人の対応は速い。特にジャスパーはよく主人をおちょくるが、熱狂的なジェフリー信者である。ジャスパーは素早く空になっていたカップに紅茶を注ぎ、ジェフリーの前の皿にクッキーとメレンゲ菓子を並べる。


 ジェフリーは紅茶には口を付けていたが、お菓子には手を出していなかった。


 多分、「こんな子供向けのお菓子を好んで食べるなんて恥ずかしい」とか思っているのだろう。思春期の男心は難しい。


 ともかく好みドストライクのお菓子が目の前に出て来て、少しジェフリーの機嫌は上向いたらしい。こういうさりげない気遣いはジャスパーじゃないとできないのよね。わたくしや他の使用人がやるときっと反発されるわ。


「無神経はひどいなぁ」


 わたくしに直截的な物言いをされたユリシーズは苦笑いしている。


「まあお父様にもそういうところはありますけれどね。お父様の氷魔法、戦闘用の魔法ばかりだし――ああ、そうだわ。ジェフリー。いつもの“アレ”を見せてもらえないかしら」


 わたくしは場を仕切り直すためそう提案した。


 お父様は魔法師として軍隊に勤めていた氷属性の魔力持ちだ。実戦で鍛え上げた魔法の腕前はかなりのものだけれど、使える魔法は戦闘用のものばかり。つまり、脳筋。


 対してジェフリーは宮廷に出仕し、第二王子ジュリアス殿下の執務の補助をしているから、護衛のための戦闘用魔法はもちろん、細々した魔法を色々使える。


 その中の一つには、水属性の宮廷道化師が扱う『宴会用』の魔法から着想を得たものもあるのだ。


 それがわたくしの言う『いつものアレ』である。


「構いませんが、魔法はみだりに使うものでは――」


 ジェフリーは言い淀むが、『いつものアレ』については子供たちも知っている。キラキラと期待に満ちた眼差しを向けられて、ジェフリーは折れた。


「――氷よ、静けさをもたらすものよ。我が意に従い、仮初の命を紡ぎだせ。『氷人形アイス・マリオネット』」


 ジェフリーの両手の間に冷気が集まり、氷で形作られた小鳥が形成される。小鳥はさながら命を持っているかのように羽ばたき、さえずりながら四阿の周りを飛び回った。


 子供二人がわあと歓声を上げる。なんだかんだで気をよくしたジェフリーは、小鳥を操って、ユージンの頭の上に止まらせた。ユージンの頭の上に留まった小鳥は、ぴちゅくく、ぴちゅくくと鳴きながら、楽し気にダンスを踊って見せる。


 子供たちは大喜び、ジェフリーは心なしかドヤ顔だ。


 ジェフリーはこの魔法を――本人曰く、わりと『みだりに』使っている。今のように鳥を生成すれば、伝令や斥候代わりにできるのだ。大きな動物を生成すれば、戦闘にも活用できる、ジェフリーの得意技である。


さすがに風魔法のように音を遠くに飛ばしたりはできないらしいけれど、『言葉を話す動物』が生成できないか目下研究中らしい。つまり『声帯』を組み込むということね。そこまでやろうとするのは、やはり魔法師の家系の子だわ。


「やっぱりジェフとリジィは器用だね。僕は魔力量も操作能力も中途半端だからなあ」


 ユリシーズの言葉にわたくしは苦笑いします。


「うちは魔法師の家系だもの。小さい頃から魔法に親しんでいるし……。むしろ魔法師の血がほとんど流れていないクラウン家でそれだけの才能を持っているユリシーズの方が異常よ? それにあなたは武芸も達者じゃない」


「怪しげな『護身術』を嗜んでいるリジィに言われたくないんだけど」


 わたくしの指摘に、ユリシーズが胡乱な視線を返してくる。


「おほほ、なんのことかしら。あれは体型維持のための運動、ただの手慰みよ?」


「姉上、手慰みで人体の急所を掌握しないでください」


「王立魔法アカデミーでは解剖学の講義も選択できるのよ」


 あくまで学問として人体の構造を学んだだけで、急所の把握はついでだとわたくしがジェフリーに説明すると、


「それ、闇魔法と関係ないのでは……」


「ほら、動脈だけ消して自然死に見せかけて政敵を殺すとか、色々できるかなって……」


「姉上ェッ!」

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