第40話

 他のそれにはない白金の輝きは、彼の打刀が特別であることを物語っている。



「――、千年先も大切なものを護れるために……昔の俺なら絶対にそんなこと考えすらしなかっただろうな。でも今は違う、誰かを思って打つ……そこから生まれる力を俺は知った。こいつはその想いをこれでもかってぐらい込めて打った一振だ。守るべき大切な者のために、例えそれが千年先であろうと守れるためにってな――千年守村正ちとせのかみむらまさ、こいつは俺が打ってきた中で最高の一振だ」

「……ふふ、ふふふふ。ははははははっ! いい、やっぱりいいですね村正! ではその最高の一振もろとも打ち砕いて差し上げましょう!」



 大百足ベルゼブブの巨体を生かした突進が町を容赦なく破壊していく。

 己が同胞までも平気で巻き込む彼女の冷酷無比極まりない所業は、さすが悪魔と呼ぶべきか……村正は、静かに千年守村正を構えた。大上段――神喰かむくらの型である。


 これにまず反応したのが朱音であった。人間を軽々と弾き飛ばし、家々を呆気なく破壊する大百足ベルゼブブの突進を、如何に名刀の仕手であろうとたかだが人間風情が真正面から受けきれるはずもなし。

 それは村正とて言えることで、妖怪よりもずっと脆弱で尚且つ愛する夫を護らんと朱音が動いたのは、当然すぎる行動だと言えよう。

 続けて華天童子と巴も朱音の左右に並び立つ。

 そんな彼女らが己が前に立ったことに、村正は勇ましい3つの背中に声をかける。その言霊はまるで親が我が子に言い聞かせるように、とても優しい。



「大丈夫だ」



 村正の言葉は至って単純なもの。

 いったい何が大丈夫だというのか。聞き手によってはその根拠を求めるであろうが、村正がそれ以上言葉を発することはなく、対して朱音達も彼に追及することもなく静かに身を引いた。

 彼を見やる三者の顔は不安や困惑といった負の感情いろはない。村正のことを心から信じている、とそう言うような微笑みを浮かべていた。

 朱音達に笑みを返した村正は、迫りくる大百足ベルゼブブを再度視界に収めた。


 三丈およそ9mもあった両者の距離は瞬く間に0へと縮まり、大百足ベルゼブブあぎとが大きく開かれる。標的を一咬みで仕留めんとする敵手に対し、村正は微動だにすることなくその場でどっしりと構えたまま、全身全霊ありったけを込めて打刀を打ち落とした。


 その一太刀は正しく稲妻の如く。人技だった村正の唐竹斬りは、武芸者であれば誰しもが目指す頂点よりも更にずっと上。それは俗にいう神域と呼称され、その領域に村正の剣が到達した瞬間だった。神速あるいは神撃、様々な呼び名が存在する中で唯一の共通点は強力無比――一撃必殺であること。


 妖刀村正――否、霊剣村正を用いての唐竹斬りは、大百足の堅牢な表皮を容易く両断したのであった。



「あ……ガ……」

「じゃあな。もう二度と地獄から出てこないでくれ」



 四対の眼から輝きがすっと消失した。頭蓋骨のみならず中程までぱっくりと両断されれば、如何にベルゼブブほどの悪魔であろうと死は免れない。

 冷たくなった巨大な骸を前に村正は血払いをした。べったりと付着した紫色の血の毒々しさに彼の表情かおは嫌悪感で酷く歪む。


 よもや大将が討たれるとは思ってすらいなかったであろう、悪魔達がベルゼブブ亡き現在、彼ら下級したっぱに満足な指揮が取れるはずもなし。

 そして混乱の極みにある彼らを前に、葦人あしびと達がこの勝機を当然見逃すはずがない。今こそ攻め時と上げる雄叫びが勝鬨の声に変わるのに、そう時間は掛からなかった。



「某らの勝ちだ!」



 暗雲が晴れ、再び顔を出した美しい月が地上を優しく照らした。

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