終章:騒がしくも賑やかな、そんな日常
第41話
この日、
村正殿、早くでてきてほしい、などなどと口々にする彼らにとうとう耐えかねた村正が外へと己が姿を晒した。起きてまだ間もないのも当然だが、ざっと20人以上はいるであろう来訪者を見やる彼の顔付はとても穏やかとは言い難い。
「……こんな朝早くから都合も考えない馬鹿に打つ刀はない。さっさと帰ってくれ」
ぴしゃりと言い放ち、村正は家の中へと再び戻っていく。
それから間を置かずして、来客者達がまたしても喚き散らす――ことはなかった。彼らのそんな声に応えたのは村正ではなく、青白くゆらゆらと燃ゆる数多の炎。狐火だ、と誰かが叫んだ途端あれほどしつこく粘りを見せた来客者達は蜘蛛の子を散らすように慌てて逃げ出した。
ようやく訪れた静寂に、ホッと安堵の息をもらす村正に朱音がそっと寄り添う。
「――、お疲れ様です村正さん」
「あぁ、朱音……ありがとうな」
「それにしても、あの事件から村正さんのところにひっきりなしにお客さんが来ますね……」
「嬉しい悲鳴っちゃあそうなんだが……有象無象が来られても帰って困るんだよなぁ」
当然、村正達も例外にもれず。悪魔を倒すのにもっとも国に貢献した人物として大々的に取り上げられた村正は、ついに名匠の1人としてその名が認められたのである。
村正が名匠となってから、彼の元へは数えきれないほどの来客者で目立つようになった。
これまではほんの一握りしか顧客がなく、いつも
「せやけど旦那様? 刀ぐらい打ってあげてもよかったんとちゃうの?」
「数打だったら俺だって気にせず売ってる。でもあいつらが求めてるのは真打だ。どうもあの一件以来、俺が――“あっ、こいつのために刀を打とう”――って思える奴が全然出会えなくてだな……」
来客者達が欲するのはあくまで真打のみ。しかしそのためには一から打たねばならず、その際に素材や金銭よりも如何に己が心が打ちたいと思えるか、村正はこれに重きを置いている。
結果的にいうと、あれから村正はまだ真打を打てていない。
生半可な気持ちでは結局数打と変わらず、ならば数打でもいいではないかと提案する彼だったが顧客は納得せず。そうした結果、妖刀造りと言われた頃となんら変わらない生活を村正達は送っていた。
「でも、あの一件があってから私のお父様が色々と援助してくださって助かります!」
「ウチもいろいろ父上がなんやおいしい酒とかくれるし、嬉しいわぁ」
「いいねェ2人とも。ワシのパパなんかな~んにもくれやしないんだから。寧ろ色々とたるんでるから修業してこい~とかいって追い出すし」
「――、それで俺の家に転がり込んできたのか。さっさと出てってくれないか?」
「あ~そんなこと言っていいのかなァ? 君が霊剣を作るにはこのワシの力も必要だっていうのにィ」
「いや別になくても大丈夫だと思うぞ」
「右に同じく」
「同感やわ」
「だからワシだけ扱い辛辣すぎ! なんなのいったい!」
「いやいきなり家に転がり込んできた挙句、家事もしない手伝いもしない。ゴロゴロと寝転がって時間と食費を無駄に食い潰すんだから当然の仕打ちだろ」
実際のところ、
朱音と華天童子の2人だけでも色々と出費が重なっているところに、大飯ぐらいの穀潰しが加わったのだから家計は更に大炎上した。幸い、数打でも構わないという顧客が少なからずいるおかげでなんとか餓えは凌げているが、さしもの村正もこのままではいずれ倒壊すると危惧していた。
「いやいやいや、ワシこれでも貢献してるからね!?」
「……どこにですか?」
至極真っ当な朱音の質問に、村正も華天童子も強く首肯する。
「ほらァ、ワシってば龍じゃん? 龍って昔からご利益あるっていわれてるでしょ?」
「つまり?」
「ワシがこの家にいるだけで幸運がもうジャンジャンバリバリくるってわけ」
「全然きてないんだが?」
「村正さん、やっぱりこの穀潰し今すぐ追放しましょう」
「ウチも同意見やわ」
「嫌だからね!? ワシもうこの家の子だから! 村正くんはワシの召使だから主人を養っても面倒を見るのは当然の義務だから!」
「なんで村正さんがあなたの召使なんですか!?」
「ここで潰しとこか……」
「おい家の中で暴れるなよ!」
――本当にこいつらがきてから騒がしくなったなぁ。
――……とりあえず、脅威は一旦去った。
――だけど多分、あいつらはきっとまたやってくる。
――一回で諦めるような連中じゃないからな……。
――でも、今はのんびりとさせてもらうか!
――それにしても、本当に毎度やかましいな……!
ぎゃあぎゃあと目の前で口論する3人の仲裁に入るべく、村正はふっと微笑むと腰をゆっくりと上げた。
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