第34話

灼焉しゃくえん炎纏巧呪えんてんこうじゅ螺旋うねり!」

怒闘怪式どとうかいしき山颪やまおろし



 妖狐と鬼……2人に互いに協力し合うという気は最初からないに等しい。

 ついさっき、大百足への迎撃寸前まで口論した2人だ――その内容も、どちらが村正に貢献できるかという、なんともくだらないものだったが……。彼女らを比喩するなら正に水と油、決して交わることのない関係だが奇しくも両者の攻撃は互いを補い合った。一寸の隙もなく流水の如き連携は大百足の頭部を捉える。


 だが――



「効いてない!?」

「ウチの渾身やったのに……!」



 大百足を仕留めるには至らず。

 状況は現在・・は一進一退だが、均衡が崩れるのも時間の問題であろう。

 善戦していた龍達の顔にも疲労の色が濃く浮かび、敗北が濃厚になりつつあったその時。



「そんじゃ……いっくよォ!」



 高台から高らかに叫ぶその声に村正がハッと顔を上げれば、一条の蒼き流星が空を奔った。

 まっすぐと失速することなく加速に加速を重ねてぐんぐんと昇る姿は正に龍の如し。

 巴の放った矢が大百足の頭部に突き刺さった。穿つにはまだ至らず、しかしあの堅牢な表皮を貫いたのは紛うことなき事実。これにはさしもの大百足も予想だにしなかったのだろう、耳をつんざく奇声は痛みを表し、のたうち回る様は皮肉にも龍達に活気を取り戻させる。

 この流れを村正は見逃さない。これを逃せばもう二度と好機は生まれまい。



「あの矢が刺さった頭を集中的に狙え!」



 村正の叫びに、周囲の反応は迅速だった。誰も彼に対し疑念を抱くことなく、各々役目を果たさんと尽力する。龍の神通力に強大な妖狐の力が2つ、加える攻撃は大百足の表皮の前には無力だ――が、幾重にも連なれば強大な力と変わる。例えその結果が一寸およそ3cmにも満たぬ穴を空けたとしても、村正らにとって大きな成果だった。



「いっただきィ!」



 巴の第二射が空を穿つ。

 一条の蒼き流星が次に落ちたのは再び大百足の頭部。初撃との異なる点は、村正達が決死の思いで作ったたった~一寸およそ3cm程度の勝利への続く穴。吸い込まれるようにして刺さった矢は留まることなく大百足の内部へ深々と突き刺さった。


 その奇声は今日で一際大きなものだった。耳を塞がねばならぬほどの大声量が響き、かと思えばぴたりと止む。やがて巨大で長い胴体がゆっくりと折れ曲がりそのまま廃町へと崩れ落ちた。ずしんと伸し掛かったことで地響きに足元が取られた村正らはゆっくりと体勢を立て直す。

 1人の龍が恐る恐る大百足へと歩み寄ると、その頭を殴りすぐさま逃げ出す。距離にすれば三尺およそ90cmもなく、だが獲物を近くにしても件の大妖怪は微塵にも動こうとしない。生気輝きが消失した四対の眼と、小さな穴から絶えず滴る紫の汁の垂れ様から、彼らは1つの結論へと導かれる。



「――、勝った」



 誰かがもそりと言った。

 次の瞬間、獣の咆哮よろしく勝鬨かちどきの声がこの廃町を包んだ。



「勝った……我々が勝利したぞ!」

「へっへ~ん。さっすがワシじゃね?」

「よくやったぞ巴。さすが我が娘だ――これで妻も安らかに眠れよう」

「……うん。そうだねパパ」

「村正さんご無事ですか!」

「俺はな。朱音も華天童子も、とにかく無事でよかった――ところで疾風丸、お前はずっと何してたんだ?」

「そりゃあもちろん、あっしは文屋だからしっかりとこの状況を書き留めていたさ。おっと、怒るのは無粋ってもんだぜ村正よぉ。あっしは戦えとは一言もいわれてないんでな」

「こいつ……まぁいいか。どっちにしても俺達の勝ちで終わったんだからな」



 長きに渡る龍と大百足……両者の因縁は今日をもって完全に断たれた。

 もはや大百足の脅威は二度と訪れることはあるまい。龍達の歓喜は全身で表現するほどなのも無理はあるまい。

 安堵の息をほっともらす村正は、それはそうとして、と冷たくなった大百足に歩み寄る。ひやりとした表皮は鋼鉄のよう、そしてやはりでかい。実際に目にしたことで改めて彼の妖怪の巨大さに驚きを禁じ得ない。

 倒したはよいものの、この巨大すぎる遺体をさてどう処理したものか……食用という線はまずない、絶対にありえないと村正は断じた。さすがに妖怪を食べようという気にはなれず、だとするとやはり焼却処分が妥当だろう。


 未だ滴る紫のの臭いは赤よりもずっと悪臭だ。長時間嗅げば嗅覚が狂いかねないと、村正は眉間に強くシワを寄せて、大百足から距離を取った。


 とにもかくにも戦いに勝利した。この事実を確と噛みしめて、ようやくうまい酒を堂々と口にできると思った矢先に、村正は1人様子のおかしい龍を目にする。

 唖然とした様子のその龍の表情かおは恐怖と混乱の感情いろに染まっている。まるでこの世の終焉でも見たかのような挙措が、気が付けば他の龍達にも次々と伝染していく。

 さっきまでの勝鬨の声が嘘のようにどよめきに変わり、何事かと村正はゆっくりと彼らの視線の後を追った。



「なっ……!」



 龍達の驚愕の原因を目の当たりにした村正も、さすがに己が顔に困惑の感情いろを浮かべざるを得ない。何故なら頭部を穿ち絶命したはずの大百足の身体がゆっくりと、だが再び活動を始めたのだから。

 この予期せぬ状況に村正達が身構える中で、不気味な声が彼らのどよめきを切り裂いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る