第33話

 思考を切り替える。

 大百足とどのように戦えばよいか、村正はずっと幾度となく仮想戦闘シュミレーションをするものの、未だ結論を導き出せずにいた。妖怪や悪魔との戦闘経験は確かにある村正だが、如何せん今回の妖怪は規模が桁違いにもほどがある。山を七巻き半もするような巨体とどのように立ち回ればよいかなど、そもそも想像しようとすることそのものが誤りといえよう。


 そこで村正は巴へと尋ねた。彼女も龍であるのならば当時の出来事について当然何か知っているに違いあるまい。



「……なぁ巴。確か大百足は龍が封印したんだよな。その時どうやってっていうか、方法とか知らないのか?」

「ん~ワシもその時はまだ生まれてないしィ。あっ、でもォ――確か昔、1人の人間の手を借りたとかなんとかパパがいってたっけ」



 巴の口からもたらされたその情報は有益以外の何物ではない。寧ろ何故それをもっと早くに言わなかったのか、と村正は急いで竜宮城へと戻る。酒の席では相変わらずべろんべろんに酔った龍王がいるが、知ったことではない。両肩をがっしりと掴んで前後に激しく揺さぶる傍らで村正は巌に問い質した。



「王! ちょっと聞きたいことがあるんですけど!」

「んあ~……どうしたのだ村正殿。酒ならばほれまだそこに……」

「そんなことはどうだっていいんです! さっき巴に聞きましたが、かつて大百足を封印するのに協力した人間がいたっていうのは本当ですか!?」

「……あぁ、いたな」

「だったら――」



 今すぐにでもその男――さすがに当人は既に故人だろうがその子孫や末裔に協力を要請するべきだ、と村正がそう紡ぐのをあたかも見抜いていたかのように、どこか諦めた口調で巌がぽつり、ぽつりと語り始める。



「……我々もかつて尽力してくれた武士、俵藤太たわらのとうたの協力を得んとした。彼の者は大飯ぐらいで酒飲みではあったが、弓の腕前は国一であったと断言できる。その血族ならば、末裔ならばと方々を探したてついに見つけたのだが――」

「…………」

「……彼の者の血族とは思えぬほど、その者はすっかり堕落しきっていた。酷く超えた肉体はもはや武士とは呼べず、家畜同然の暮らしをしている姿にはさしもの我も言葉を失ったものよ……」

「それは……なんていうか」



 深く落胆する巌に、村正は同情した。

 彼が落胆するのも無理もない。とはいえ、ないものねだりをしたところでこの現状は変わらない。早急に別の手立てを講ずる必要がある。その時村正の脳裏にふと浮かんだのが、弓……厳密にいえば矢の方である。曰く、大百足の表皮は堅牢な城壁と同等の硬度を誇り、生半可な攻撃では掠り傷1つさえつかない。


 この問題を解決するにはきっと、自分の力が必要だ……自画自賛でもうぬぼれでもない。村正はそう直感した。もっともこの策には他者の力も必要不可欠となる。鍛冶師だけでは、この策は成り立たない――それについては後々考えるとして村正は早速、巌へと尋ねた。



「王、ここに工房はありますか?」

「工房?」

「急ごしらえではありますけど、それでも少しはマシになるかと思います」

 案内された工房は、自宅よりもずっと小さい。彼らは龍でその力の主流は神通力そのものにある。人間や他種族のようにわざわざ武器を製造して戦う必要がないだけに、こればかりは致し方がない。そして1から鍛錬するのも時間があまりに足らなすぎる。

「――、すまん」



 一言申し訳なさそうにそれに視線を落とした村正は、そっと鞘から抜いた。

 長年といえばいささか誇張しすぎなような気がしたが、数多くの難局を共にした事実までは変わらない。半身ともいうべき打刀の刀身を村正の振り下ろした鉄槌が、容赦なく打ち砕いた。

 この様子に誰よりも驚愕したのは朱音である。己が愛刀に鉄槌を振るう彼にぱたぱたと駆け寄った朱音が慌ててその手を制止した。



「ちょっと何やってるんですか村正さん!」

「こいつを元にやじりを作る。急ごしらえだが、それでも普通のよりきっとマシだ」

「だ、だからって自分の刀を……!」

「刀なんてものはいつだって打てる、特に俺の場合はな。だが今はそんなことに固執していて足元を掬われたりでもしたらおしまいだ。だから朱音、お前は気にしなくていい」



 そこまで言うと朱音は口を閉ざしたが、表情かおを見やれば彼女が不満を抱いているのは一目瞭然だった。そんな朱音に苦笑いをふっと浮かべて村正が拵えたのはたった5つの大きな鏃。通常のそれよりもずっと大きく重量も二両およそ65gと倍以上はある。


 次なる問題はこれを果たして誰が用いるか。村正がちらりと周囲を見回してみれば、困惑する巌とその家臣達しかおらず、消去法から導き出された唯一の可能性を村正は口にする。



「――、巴。お前弓は扱えるか?」

「もっちろん。このワシに扱えない武器なんてないんだからァ」

「神通力は全然のくせして武芸だけは誰に似たのやら……。しかし巴ならば可能でしょう。妖刀と名高い千子村正のに巴の武芸、合わさればこれほど恐ろしいものもあるまい」

「ねぇねぇ試し撃ちしてもいい?」

「もったいないからやめてくれ」

「えーでも試しておかないといざって時に危ないじゃん」

「それはそうかもしれないけど――」



 不意に、大変耳によろしくない不快な音がここ竜宮城に響き渡った。

 硝子や陶器を引っ搔いた時に生ずる不快音それに村正らは眉をしかめる――何故ならこの音の正体について何も知らないから。音の正体を知っている彼ら龍族の顔には恐怖と焦りの感情いろが濃く滲み出ている。即ち敵の襲来、大百足の登場に城内はたちまち悲鳴と混乱の渦に飲み込まれた。



「きたか大百足め……! 闘える者は我と共に。それ以外の者は安全な場所へ!」

「よーしっ! この前ワシのお気に入りだった刀壊された恨み、この弓矢で晴らしちゃうぞォ!」

「頼むから慎重に使ってくれよ? この戦い、要はお前にあるっていっても過言じゃないんだから」

「わかってるってばァ! 君は心配性だなァ」

「……お前はもう少し緊張感を持った方がいい」



 だが、彼女の前向きさは不思議と恐怖を緩和させる。

 どたばたと慌ただしくなる城内を飛び出し村正は空を見やる。月夜をその全身にいっぱいに浴びる巨大な影、同じく金色の輝きであるのに見る者の恐怖を助長する不気味な四対の眼は、これより捕食する獲物を品定めをするかの如く、ぎょろりとうごめく――大百足の登場に村正は腰の太刀……童子切村正をすらりと鞘から抜いた。



――こっちは刀……まず間合いを詰めないことには届かない。

――攻撃が通用するかどうかは、こればかりはこいつを信じるしかないな。

――朱纏童子を斬ったほどの太刀……さて、俺が手を加えたことでどうなったのやら。

――くそっ。こんなことならもう少しまともな物で試し斬りしときゃよかった!



 後悔先に立たず――迫りくる巨体に村正は太刀を振るった。

 正面から受けるなど愚の骨頂。巨体が迫る勢いは真剣よりも凄烈で、そもそも受けようとさえ村正に思わせない。紙一重のところで辛うじて回避し、その際に一撃を見舞うのがやっと。体勢も大きく崩れ力の乗らない太刀筋を支えるは村正の腕力のみ。むろん決定打になろうはずもなく、また弾かれるという結果がその場に残った。


 なんという堅牢さか……じんじんと痺れる手を何度も振るって、村正は忌々し気に大百足を見据えた。村正が斬った個所には薄っすらとではあったが、確かに刀傷が残されている。さすがは朱纏童子をも斬った太刀、その大業物であれば後は仕手の技量さえ加われば如何に堅牢な城壁とて紙切れに等しくなろう。


 惜しむらくはその仕手が鍛冶師であること。

 自分が生粋の剣士だったなら、いっそのこと本格的に剣の稽古でも積んでおけばよかった……これも実に今更だ。神通力をもって応戦する龍達に続き、村正も場所を移動する。



「――、本当に聞いてないな」



 龍の神通力をもってしても、大百足が怯む兆しは一寸もなし。けたたましく不快な咆哮と共に巨体をうねらせては容赦なく猛威を振るう。無残にも建物は破壊され、そしてついには誰かの悲鳴があがった。

 龍の1人が大百足の餌食となった――この時村正は、不謹慎だとわかりながらも朱音と華天童子が無事であることにホッと胸を撫で下ろした。

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