第27話
様々な建物が
どの方向を見ても視界には必ず人が映り、その数もあまりの多さに思わず立ち眩みするほど。人の出入りが激しい場所を嫌う村正にはいささか堪える
今自分が背負っているのはいつ爆発するか予測不能の大量の爆薬だと思え……一瞬の慢心が命取りとなる、そんな状況が皮肉にも村正の意志を奮い立たせた。
その肝心の2人はというと、
きょろきょろと周囲を物色する姿は、まるで生まれてはじめて目にした物に強い興味を抱く幼子のそれで、きらきらとした瞳であれやこれやと視界に収めては感嘆の声をいちいちあげる。
「――、そんなに見て面白いものか?」
「もちろんですよ! だって私、都に来たのはじめてなんです!」
「そうなのか?」
「はいっ!」
村正の問いに、朱音が屈託のない笑みをもって答えた。
「だって、私村正さんと出会う前はずっと修業をしていましたし……。それに下手にきたら警戒されちゃうかもしれませんから」
「あ……――そうか」
朱音の言い分は一理ある。
妖怪はただでさえ強大な力を保有している。妖力はもちろんであるが純粋な身体能力においても彼らは人間を遥かに凌駕する。何十年という月日を費やし、血の滲むような修練の末にようやく手にした力でも妖怪の前では赤子に等しい――この現実を突き付けられれば、もう立ち上がれない。
信念、誇り、果ては執念……気が遠くなり時には命をも失いかねない苦行を耐え抜く支柱がぽきりと枯れ枝よろしく折れるのだ、その時に生ずる傷跡は計り知れない。
――二刀一流の
――武蔵が二本の刀を手にすれば敵う者なし、それが今じゃすっかり腑抜けだ。
――妖怪にこてんぱにされた挙句、そのまま婿入りまでしたんだ。
――剣が絶対だった奴には、あまりにも惨めすぎる幕引きだな……。
妖怪とわかれば即討伐という過激派もこの國では少なくはない。
朱音の姿を見た途端、問答無用で斬り掛かる輩も既にこの群集にいるやもしれぬ。
呑気に鼻歌混じりで外出を心から楽しむのは、いいことだ。
だが彼女らの在り方を
いくら同伴者が一緒でも、一度独りとなればそれは命を危険に晒すも同じこと。
人間と一緒であれば如何なる理由や状況であっても狙わない――討伐過激派も一応の常識は弁えている。
「あんまし勝手に行動しようとするな。お前らなら、まぁいざ何かあったとしても大丈夫だろうが、それでも厄介事に巻き込まれない方がいいに決まっているからな」
「村正さん……」
「旦那様……やっぱり、旦那様はウチのことを――」
「私の夫です何勝手に勘違いして盛り上がってるんですかこの馬鹿鬼娘は」
「あんたこそいつまで寝言いうてるんや? 寝言は寝てからいうもんやで?」
「おい」
「喧嘩じゃありません、これは口論です」
「どっちにしても口喧嘩だろうが……はぁ」
やはり是が非でも彼女らを置いてくるべきだった……今更ながらに後悔の念に苛まれた村正は、気を取り直して都の町並みを徘徊する。
妖狐と鬼、それを引き連れているのがかの妖刀造りで有名な鍛冶師というこの異色極まりない面子は否が応でも周囲から反応を集めてしまう。先の事件に関与していることも要因であろう。
賑やかとはまだ違ったざわつきはどうも落ち着かない。
「あ、村正さんあれおいしそうですよ!」
「旦那様、あっちの店に行ってみいひん?」
「……お前らよくこの状況下で楽しめるよな」
「周りがどうこう思おうと関係ありませんから」
「せや。邪魔さえしぃひんのやったら別に何言われても構わへんわ……あぁでも、旦那様の悪口とかやったらウチ、我慢できひんけど」
「……頼むから荒事にだけはしないでくれよ?」
心配の火種は尽きずとも、村正の切実な祈りが通じたか何事も起こることなく時間は騒がしくもしかし平穏に過ぎ去っていく。朱音と華天童子も喧嘩をすることなく――時折ギスギスとした空気になりつつはあったが――久方振りの平和を村正は嚙みしめた。充分な休養もできたことでそろそろ帰宅しようとした村正達であったが、その前に予期せぬ
彼らの進行方向先、何やら群集ができていた。都と外とを繋ぐ門へはこの先にある大きな橋――
「どうかしたのでしょうか?」
「なんや随分と騒がしいなぁ。このままやったら、ウチと旦那様の熱い初夜をここでせなあかんことになるやん――まぁそれもえぇけどウチは」
「は? 村正さんと初夜を迎えるのはこの私ですけど?」
「はいはい、どちらにせよ何か起きてるみたいだな――なぁそこのあんた。どうしてここにいる奴らは皆橋を渡ろうとしないんだ?」
「ん? あぁ、オレも今来たばっかで聞いただけなんだが、なんでもこの唐之大橋の真ん中で1人のそれはもう若くて美しい女が立ってるらしいんだ」
「へぇ?」
「だけどその女、見掛けによらずめっぽう強いらしくてな。この橋を通りたかったら自分を倒していけって、渡ろうとする奴を問答無用で叩きのめしてるらしい」
「なんだそれ……」
不意に、野次馬から一際大きなざわつきが起きた。
大男が野次馬らをかき分けて、転がり込むように村正の前でどしゃりと倒れる。よくよく見ると大男の身体にはなんとも痛々しい傷が残され、手にした刀は憐れにも中程からない。
なんてきれいな断面なのだろう……鋭利な刃物で両断された損傷個所に村正は思わず魅入ってしまう。刀が刀を折る――これは別段そう難しい話ではない。技量云々の大きく左右されるが、鍛錬が甘ければいとも簡単にぽきりと折れる。
それ故に量産を目的とした数打は値段の割に買い替えが馬鹿にならず、真打は莫大な値段になかなか手が付けられないのだ。
――間違いなく、その女が持ってる刀は間違いなく名刀だ。
――そうじゃなきゃこんなにきれいな断面図はできない。
――長曽祢虎徹か、あるいは三日月か……いったいどこの刀匠だ?
――くそっ、見てみたい……それと試してみたい!
「おい相手はどんな奴だ? どこの刀を使ってたかわかるか?」
村正は大男に声をかけた。傷こそ酷いが息はまだある。早急に手当てをすればこの大男は助かろう、がその前にどうしても村正は尋ねねばならない。
「うっ……お、女はありゃあ人間じゃ、ねぇ……。雪のように白い肌で……赤い瞳……刀は見たこともな……い……」
「あっ! ……気絶したか」
「おいどうするんだよ。このままじゃあわしら向こう側に行けんぞ」
「この唐之大橋が唯一の手段だからなぁ。しかし通ろうとすればあの女にボコボコにされてしまうし……」
「近衛兵らも呆気なくやられたからなぁ」
「くそっ!こんな時に頼光殿がいてくれればいいんだが……」
唐之大橋が現状使用不可となっていることに、野次馬らの口からは次から次へ絶えることのない愚痴や説得力が皆無の意見が飛び交う。もちろんこの中に勇気ある者は1人として存在しない、口だけならば達者だがいざ事を構えれば自身の発言を有耶無耶にして他人に責任を擦り付け合うことしかできない、憐れで脆弱な一般市民のみ。
致し方ないか……村正はわざとらしく大きな咳払いをした。
野次馬らの視線を自身へと向けさせ、時同じくして1人の若者があっと驚く。
「こ、この人……
「せめてそこは“さん”ぐらいつけろ……初対面のお前から呼び捨てにされるいわれはないぞ」
千子村正の名が出た途端、それまで愚痴などをこぼすしかできなかった野次馬らから歓声があがった。一介の鍛冶師にどこに期待を寄せるかはさておき、村正は自ら進んで道を開ける群集の中を進む。
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