第26話
もっとも、村正が心配するのは他にあった。
果たしてこの話、いったい何人が信じよう……地獄から生還した、と馬鹿正直に答えたところで信憑性は薄い。せいぜいがよくできたホラ話だと認識され、あまりに度外視した嘘だと国家を混乱に陥れた反逆者という要らぬ誤解を生む
仮に疾風丸がこの事実を瓦版にしても支持者はそう多くはあるまい、最悪彼ら夫婦にもいらぬ悪影響が及ぶ可能性がある。村正はこのことをなによりも危惧した。
確かに疾風丸は身勝手な妖怪だが、あの夫婦仲が壊れる様を見たいと思うような趣味嗜好は生憎これっぽっちも持ち合わせていない。
まだ悪魔のことを語るのは時期尚早だ……村正はそう判断を下した。
「――、ずっと昔に因縁をつけてきた妖怪だ。なんでも大陸の向こうからこっちにやってきたらしい。まさかこんな形で再会するとはなぁ」
「大陸から?」
「どこまでが本当かは俺にもわからん。だがあの姿形は、明らかにこっち側の住人じゃない。それだけは確かにいえる」
「……なるほど。でももうおめぇさんが退治しちまったからもう大丈夫なんだろう?」
「どうかな。俺も前は確実に倒したと思っていたのに今回の件だ。何かしらの方法でまた復活してくるかもしれん」
村正は一部の真実を隠して疾風丸に話した。
悪魔ではなく、
「――、とりあえず話はわかった。ありがとよ村正。あっしは今から帰ってこいつを記事にして仕上げにゃならん」
「余計な混乱や恐怖を招くような内容だけは避けてくれよ?」
「おめぇさんに心配されるまでも。あっしがそんなヘマすると?」
「あぁ」
「いやそこはわかってるって答えるところだろ!」
「これまでの行いを思い返してみろよ……」
不満そうに大空へ飛び立った疾風丸を見送ったところで、さてと村正はようやく鍛冶師としての作業に入った。赤々と熱した鉄に今日も金槌を力強く打ち落とす。火花がわっと激しく散る中で一際大きな金打音が工房に鳴り響いた。
近隣の村へはたまに出入りする程度で、都へ赴くことはまず滅多にない。
そんな村正が自らの意志で
自分から誘ったわけでもなく、てきぱきと支度をする朱音と華天童子に村正はげんなりとした。
「……俺1人で出かけたいんだけど」
「夫婦なのに妻を置いていくなんて酷いです村正さん!」
「せやでぇ旦那様。こないなかいらしい嫁を置いていなんていけずな人どすなぁ」
「誰が旦那で、誰が妻だ! ……お前らといくと絶対喧嘩するだろ」
「喧嘩しなかったらいいんですよね!?」
「え? いや、そりゃあまぁ……確かにそうだけど」
家の中だけならばいざ知らず、都のような人通りの多い場所で喧嘩でも起きたものなら被害は計り知れない。もし本当にこのようなことが起きれば都も黙ってはいない。元凶の2人を処罰するだろうし、村正も監督不行き届きの責任は免れない。
良くて幽閉、最悪で処刑だ。朱音と華天童子、喧嘩が絶えないこの2人を連れていくのはやはり
「ほな決まりどすなぁ。安心しとぉくれやす旦那様、さすがに外に行ってまで喧嘩をするほどうちもあほやあらしまへん。そのことはそこにおる狐娘もようわかってるはずどす――そうどすなぁ?」
「……ふん。言われなくたってわかってますよーだ!」
「ちゅうわけどすさかい、どうか一緒に連れていっとぉくれやす」
「う……むぅ……」
いつもと変わらぬ口調でこそあるが、華天童子の言霊には揺るぎない決意があった。
力強くて、自然と心から安心できる――今回は華天童子の言葉を信じてみよう……溜息混じりに村正はやれやれというように小さく首肯した。
一緒に外出できるというだけで、身体全体を使って喜びを表現する辺りやはりまだまだ彼女らは幼い。体よくいえば外見相応でかわいらしく、悪くいえば手のかかる子供だ。ともあれ喧嘩することなく大急ぎで支度をする朱音と華天童子の背中を村正は静かに見守った。
本当に、何事も起こらないだろうか? ――やはり心のどこかで一抹の不安を抱える村正は、普段信じてすらいない神仏に祈りを捧げる。どうか普段まったくもって信じていない仏様、どうかこの外出が無事に終わりますように、と。
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