第四章:お転婆龍娘

第24話

 漆黒を塗りつぶすように、轟々と燃ゆる炎と共に村正は工房そこにいた。

 かつての彼であれば1日中工房に籠り鍛刀していたが、朱音と華天童子……騒がしいぐらい賑やかな同居人が増えたことで今やその生活習慣は大きく激変した。現在では半日も鍛刀に勤しむ暇もなく、よって2人の妖怪がぐっすりと寝静まった夜が村正に残された唯一の自由にして憩いの時間なのだ。


 かといって翌日まで鉄を打つことは叶わず。あまりに帰路が遅いと朱音と華天童子がわざわざ起きてまで工房にやってきては無理矢理村正を家の中へ連行する。これがあまりに続いた日には、夜こっそりと工房に行くことすらも禁じられた過去があるので、村正としては渋々ながらも彼女らの提示した条件を飲まざるを得なかった。

 もともと自分だけだったのに、いつしか我が家の主導権があの妖怪娘らに握られつつあるこの現状に村正は大いに頭を悩ませた。


 とにもかくにも、貴重な時間を無駄にはできない。作業も後少しで切り上げねばならぬ状況、少しでもより良い刀を打たんと村正は一心不乱に金槌を振り下ろすが――その一本を仕上げた彼の表情には雲がかかる。



「結局……こいつも駄目、か」



 仕上がった刀身を無造作に加護の中へと放り投げる。鍛冶師として刀身を弄ぶなど愚行でしかなく、しかし村正の胸中には己が作刀に対する想いを向ける余裕すらないほど、酷く落胆の感情いろに支配されていた。

 これが数打だったならば、まだ納得もできよう。寧ろ数打にしては上質な方だといっても過言ではない。

 千子村正せんじむらまさが目指すは数打に非ず。真打――それも天下に名を轟かすほどの至高の一振だ。しかしその道も仕手があってこそはじめて成立するわけで、仕手もなくましてや使い道のない刀など数打にも劣る。

 もっとも、千子村正せんじむらまさが打てば数打でも立派な妖刀だ。どちらに転ぼうとも同じ結果とは笑い話にもならない。



――間違いなく、さっきの奴も他の仕手じゃあ駄目だ。

――扱えないだけだったらまだいい。あれは、確実に持ち主を殺す。

――……妖刀造りで名を馳せても嬉しくないんだよ……。

――でも今後源頼光ぐらいの仕手が現れてくれるとも限らねぇし……。

――本当にどうしたもんかねぇ。



 うんうんと悩む村正の元に、1人の来訪者が工房に姿を見せる。

 まだ時間は辛うじて残っているのに何故? ――心なしか不安な面持ちをする来訪者に、村正ははてと小首をひねる。ともあれ強引にぐいぐいと無理矢理引っ張られては堪ったものではない、と村正はよいしょと腰をあげた。炎も鎮火し、しばらくすればまだ静かで冷たい空気に包まれた工房へと戻る。



「約束はちゃんと守ってるから問題ないだろ? それじゃあそろそろ戻って寝るからお前も――」



 言い終えるよりも前に、村正は身体にどんと衝撃を感じた。

 視線を降ろす間もなく衝撃の正体が朱音だとすぐに気付き、突然の彼女からの抱擁は村正に、ほんの少しの困惑と誘惑をもたらす。鼻腔を優しくくすぐる朱音の甘い香りをいつまでも嗅いでいたい、とそんな危険な思考を持った己を村正は激しく律した。



「……突然どうしたんだ?」

「いえ、村正さんがなんだかその、悲しそうなお顔をされていたので……」

「俺がかぁ? いやまぁ、悲しくはないけど頭は悩ませてたな」

「何かお悩みなら妻の私にちゃんと相談してください!」

「いや妻って……まだ正式に結婚もしてないし交際だってしてないだろ俺ら」

「何を言うんですか!? もう立派な夫婦ですよ――あの鬼娘はいずれ追い出します」

「頼むから喧嘩はやめてくれ。ここが吹き飛んだらもう泣く、本気で泣くからな」

「その時は私が全力で慰めてあげます」

「駄目だこりゃ」



 村正はふと、口元を緩めた。

 相変わらず馬鹿なやり取りだと思わざるを得ない。だが話をして、心の取っ掛かりがほんの少しだけ緩んだ気もする。朱音とこうして会話したのはある意味よい気分転換となった。普段は騒がしいだけだが、たまには今日のようなやり取りも悪くはない……村正は朱音の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。



「む、村正さん?」

「いんや、なんでもない。それじゃあさっさと寝るぞ」

「あ、待ってくださいよ。まだお悩み聞いてないですよ!」

「そうはいっても、鍛冶師じゃないお前にいったって多分意味ないだろ」

「そんなことありませんよ! 絶対にお力になれますってば!」

「ん~……今日はもういいや。また今度気が向いたらな」

「そういわずにどんどん相談してくださいよ村正さん~!」



 夜の静けさに火照った身体も猛る魂も冷めた。今日はぐっすりと眠れそうだ……不意に襖がすっと開けば、むぅと頬を膨らませた華天童子に村正は苦笑いを浮かべた。

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