第19話
はじめて村正が工房へ訪れた時、まずその熱気に酷く驚愕した。
一瞬で喉は渇き、肌も熱気によって痛みを帯びる。汗が滝のようにドッと流れ、もはや呼吸することさえも難しい。
その中で鍛冶に精を出す彼ら獄卒に村正は敬意の念を抱いた。地獄より生まれ育った彼らがこの環境下に適応している、もちろん理由として十分にあり得るだろうが、この
「ここが俺達の工房だ。とりあえずお前にはここにある武器を片っ端から修復していってくれ」
「……ここにあるの、全部?」
「あぁ、材料とかは好き勝手に使ってもらって構わんと閻魔大王様からも許可が出ている。まぁ面倒なのは同情するが、諦めてくれ」
「……これ終わる頃には、俺が
村正はこのことをずっと危惧していた。
まず指定された武器の修復についてだが、明らかに一日でどうこうできるほどの量ではない。経験上から軽く見積もっても、すべてを終えるのに半年以上は確実に費やす必要がある。その期間放置した肉体は飲まず食わずのままだ、それがどんな結果を招くかなど幼子でさえも容易に想像がつこう。
肉体が消滅してしまえば、
村正の不安と焦燥感に、引率した獄卒が「それなら問題ない」とすぐに答える。見た目はおどろおどろしい鬼であるのだが、それとは裏腹に優しい彼の言霊に村正も幾ばくかの余裕を取り戻した。
「
「そ、それだったら……まぁ」
「じゃあ、がんばってな。あぁ水とかは適当に飲んでもいいからな」
「――、さてと」
色々と問題は山積みであるが、思考を巡らせても何も始まらない。
とりあえず目の前にある問題の解決から早速取り掛かった。千子村正はまだ駆け出してはあるも、歴とした鍛冶師である。閻魔大王直々からの命令に応えるべく、村正はもはや機能を失い鉄塊に等しくなった武器を炉へとくべた。
金打音が小気味よく鳴っては工房に反響する。
村正はこの時間が何よりも好きだった。鉄を打ち、それを刀の形へと整える――彼が鍛刀に精を出せば時間の感覚は跡形もなく消滅する。そのあまりの没頭ぶりから、気が付けば三日目の朝だった、ということも実際何度かあった。
それでも村正は、飽くことなく鍛刀に精を出す。それは地獄であろうとも関係なく、寧ろ地獄であることに村正はその顔に嬉々とした
――喉は既にカラカラだ、もう何度水を口にしたかわからない。
――肌がものすごく痛い……白かったはずなのに今じゃ日焼けしたように赤々としていやがる。
――だけど、鉄を打つのが楽しくてやめられない……!
――地獄で鉄を打つ……それができたのはきっと俺ぐらいなもんだろう。
しばらくして、獄卒の1人がおずおずと声をかけられる。
「お、おい」
「はい? なんですか?」
「お前、ずっとここで打っていたのか?」
「そりゃあ、いるでしょ。だってまだ来て間もないし……」
「お前正気か!? もう10日間ずっと籠りっぱなしだぞ!?」
「……えぇっ!?」
獄卒の言葉に村正は酷く驚愕した。
村正の体感時間的にはまだ1時間も経過すらしていない。せいぜいが数分程度の認識であったから、予想していた時間よりも遥かに超えていた。
なるほど獄卒から正気について疑われるの無理はない、喉の渇きこそあれど空腹や睡眠は不思議とやってこない。それでも10日もずっと工房に籠っていれば、獄卒であろうとなかろうと驚愕に値しよう。
「そ、そんなに時間が経っていたんですね……」
「罪人だったらともかく、お前はまだ半死人だからな。将来を見据えての経験ってならともかく、そうじゃないのならさすがに心配するわ」
「それは、なんか……すいません。でもなんか大丈夫なんでこのまま続けます」
「……何もないのにか?」
「へ?」
獄卒からの指摘は、村正を更に驚愕へと陥れる。
はたと見やれば、そこには確かにあったはずの大量の武器が1つとしてない。
周囲を慌てて見回してみるも結果は同じく。紅蓮の炎がごうごうと音を立てて燃え盛る炉と、鍛冶師の大事な道具たる鉄槌が丁寧に保管されているのみ。ついさっき――ではなく、10日間前にあったあの大量の武器はどこへ消えたのか。村正の疑問にまたしても獄卒が、予測していたように回答を述べた。
「お前が全部1人終わらせたんだよ!」
「え……?」
「お前、本当に知らないんだな。無意識であそこまで淡々と作業をこなすばかりか、俺達の誰よりも早く仕上げた上に質もいい……閻魔大王様が人間のくせにお前の腕を買ったのも頷けるな」
「俺が……」
「まぁともかくだ。これで全部武器の修復は終わった。今からこいつを各地に配達する――ついでだ、お前も手伝ってくれ」
「え、あ……はい」
獄卒に促されるがまま、村正は名残惜しい気持ちをぐっと堪えて工房を後にした。
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