第14話

 よもやヒトの体内に入る日がやってこようとは……正直な気持ちを吐露すれば、決して心地良いものではない。

 あるのは不快感と不安のみ。生きるための糧となった食物もこんな気持ちだったのかもしれない、とそんなことをふと思う傍らで、村正は改めて今自分達が置かれている状況を分析した。


 打ち出の小槌により、豆粒ほどにまで小さくなった村正達は、朱纏童子の体内を進んでいく。ごうごうと燃える松明の灯りが照らす人体ヒトの体内は、外からでは絶対に見ることがないだけにどこか神秘的でもあり、同時に不気味さも演出する。


 華天童子の同行の決定から、終始むすっと頬を膨らませていた朱音でさえも、体内という環境においてはすっかり大人しくなるほど。苦虫を潰したような表情かおを浮かべては、最悪などと文句を垂れる姿に村正は内心で安堵の息をもらした。



「――、件の蟲についてやけど、この奥にある胃に巣食っとります。父が食べたモンや胃そのものを自分らの糧にして、その老廃物やらなんやらが悪影響を及ぼす瓦斯ガスを出しとるみたいなんです。せやからお2人ともくれぐれも油断しないように」

「いよいよか……」

「私と村正さんのいちゃいちゃ連携パワーをあの鬼娘に見せつけないと……」

「朱音……目的が変わってるぞ。後その名前、ものすごくダサいからやめてくれ」



 先導する華天童子に続いて、ついに胃へと到達した村正。

 そこで村正らを待ち構えていた光景は、およそこの世のものではなかった。

 胃の中に大きな巣があるなど、果たして誰が想像しよう。



「胃の中に……巣?」

「あれが今回の事件を引き起こした元凶の巣ですわ。あそこにおる蟲にぎょうさんの仲間犠牲に……!」

「華天童子……」



 華天童子が怒りに拳を打ち震わせる。

 その傍らでふと、村正の目に飛び込んできたのはいくつも無造作に転がる屍だった。骨の形状からして明らか獣ではない、そして人間のものでもないことは頭蓋骨の形状が物語っていた。

 大なり小なり頭蓋骨には皆突起物が生えている。

 足元に転がるこの骸達こそ、華天童子が口にした同胞と知った村正は静かに手を合わせた。人であれ妖怪であれ、一度死んでしまえば皆等しくただの骸と化す。

 せめて彼らが安らかな眠りへと就けるように……黙祷を捧げる村正に、華天童子がそっと頭を下げた。



「……とりあえず、これが終わったら外に運び出してやろう。朱纏童子を慕ってるぐらいだ、ここで構わないっていうかもしれないが供養がきちんとしてやった方がいいだろう?」

「……おおきにやで村正様」

「――、気にするな。俺がしたくてやってるだけにすぎないからな」

「かーげーのーぶーさーんー? 妻の私をおいて他所の女といちゃいちゃするのはやめてください!」

「これのどこを見ていちゃいちゃと判断したんだお前は……。後まだ結婚してないからな?」

「あの……ずっと気になってたんやけど、2人はホンマに結婚してはるんですか? なんやさっきから全然話が嚙み合ってへんっていうか、なんというか……」

「結婚してないぞ」

「なっ……ひ、酷いです村正さん!」



 さらりと答える村正に、よよよとその場に泣き崩れた朱音。

 どちらの意見が真実であるかわからない華天童子は、疑問から眉をきゅっとしかめる。



「朱音のことを説明しておくと、なんていうかまぁ……強制的に嫁にきたっていうか、将来嫁になるかもしれないしならないかもしれないっていうか……」

「村正さんと私は夫婦なんです! これはもう前世から定められてたことなんです!」

「お前はあれこれと捏造するなっての」

「は、はぁ……えっと、とりあえずまだ結婚はしてへんってことやな」

「そういうこった」

「なるほど……」



 談笑もそろそろ切り上げて、村正達は胃の中に築かれた巣への侵入を試みる――その最中、もそりと華天童子が「結婚されていない、か……」という呟きを村正は聞き逃さない。先程の返答を繰り返しているだけにすぎないのだが、何故か猛烈に嫌な予感を抱かずにはいられなかった。

 そんな不安も巣の中に入ればものの見事にきれいさっぱりに消し飛ぶ。



「こ、これは……」

「うっ……気持ち悪いです」



 朱音が嘔気に襲われるのも無理はない。村正らを出迎えたのは、おびただしい数の白い物体。その1つ、1つが時折うごいている。うっすらとではある、だがしっかりと視認できるその形は蟲の幼虫であった。ここにあるすべての白い物体が蟲の卵であると知った村正はその顔に嫌悪感を色濃く示す。

 今にも薄膜を破り誕生しようとする光景は神秘的であるはずなのに、見る者の心にただ恐怖を植え付けるばかりであった。


 そして、その卵の守護者との対面には、さしもの九尾の妖狐もヒッと短い悲鳴をもらした。ただでさえ蟲という存在は女子にとって嫌悪する存在であるのに、それが巨大にしておどろおどろしい形状をしていれば彼女の反応も致し方なかろう。



「こいつが、今回の元凶か……!」



 巨大なハエを彷彿とさせる異形の存在に、村正はジッと見据えた。



「気を付けてください! 見た目こそ蝿ですが相当な手練れです!」

「……あぁ、そうだろうな」



 各々が戦闘態勢を整える中で、村正だけが静かに巨大な蝿に歩み寄る。

 構えることもなく、腰の得物を抜くこともせず。さながら散歩でもするかのように歩く。

 このあまりに危険極まりない……否、愚行中の愚行に朱音と華天童子も焦燥感を露わにした。



「村正はん危険や! 1人で挑むんは無謀やで!」

「村正さん!」

「――、まさかあいつの眷属がここにいるとはな」

「コレハコレハ ヨモヤコノヨウナ形デ アナタトオ逢イスルコトガデキルトハ……」



 顔見知りである2人の関係に、朱音と華天童子が驚愕に目を見開いた。



――俺もまさか、こんな形で出くわすなんて思ってなかった……。

――本当に……最悪だ。

――地獄あっちじゃないからもう二度と会わないと思ってたんだけど……。

――現世うつしよにいようが常世とこよいようが、俺はこいつらから付け狙われる身ってか……。



 忌々し気に睨む村正に、蝿の異形がからからと嘲笑う。

 村正はここでようやく、腰の得物をすらりと鞘から抜き放った。

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