第13話

 千子村正せんじむらまさ……この名が口から出た、次の瞬間。周囲の鬼達からどよめきが起きた。



「噂に聞いたことがある。お前、鍛冶師のくせに剣の腕がめちゃくちゃ立つらしいじゃねぇか」

「いや、人違いで――」

「もちろんです! だって村正さんはこの私の夫なのですからね!」

「おい!!」



 我が事のようにふんぞり返る朱音を、これほど叩いてやりたいと思ったことはなかった。

 面倒事から回避するべく偽名を名乗ろうとした村正であったが、まさかの身内の裏切り――当人んはそんな気など更々ないだろうが――によって水泡に帰した。

 そして村正が千子村正本人であるとわかった途端に、鬼達が一斉に歓喜に満ちた声を上げる。

 その雰囲気はさながらお祭り気分。

 まだ問題は何一つ解決してないというのに、鬼達ときたら既に宴会の準備まで始めだす始末。この陽気さも鬼ならではの特徴といえよう。


 それはさておき。


 勝手に話を自分達の都合のいいように進めないでもらいたい……村正はすぐさま鬼達に言及した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はまだ引き受けるも何もいってないぞ!」

 村正の主張は至極当然すぎるものだった。

 目的だけを見れば確かに、彼ら鬼と合致しているといえなくもない――あくまで村正らが掲げる目的は瘴気を食い止めること。手段についても特に決まっていなければ、そもそもな話村正は己が作刀が最強たる鬼を斬れるかどうかを試すべくやってきたにすぎない。


 従って受けるつもりは毛頭ない、とそうはっきりと断る村正の前に1人の少女が歩み寄った。



「どうかお願いします。どうか、どうか父を助けてください!」



 朱音と外見上ならば同年代ぐらいだろう、小さな双角と艶やかな濡羽色ぬればいろの髪が特徴的なその鬼からの嘆願に、村正は大きく心を揺らがせる。



――朱纏童子にまさか娘がいたなんて……!

――なかなかの別嬪べっぴんさんだな。

――父親に似てないから、母親の方が強く遺伝したか……。

――胸の方は……うん、朱音よりもやや小さめだな。

――だからか。一瞬殺気放ったと思ったのに突然朱音が上機嫌になったのは。

――……単純な奴め。



「ウチの名前は華天童子かてんどうじ。村正様のお噂はかねがね聞き及んでおります。こうやって出会えたのは正に御仏の御導き。どうか頼んます、どうかウチの父を……!」

「お、おいいきなり頭を下げられても……と、とにかく上げてくれ!」

「姫様!」

「華天様……!」



 異性であれば誰しもが美しいと口を揃えるであろうその鬼――華天童子が、すっと三つ指をついて頭を下げた。鬼が人間に首を垂れる……これには彼ら鬼にとっては前代未聞であろう。

 だが切羽詰まった状況を解決するためには誇りはただの枷でしかない。自分の頭1つ下げるだけで父親が助かるのであれば、という強い意志をこの華天童子鬼娘より感じた村正は思わず感嘆の息をもらした。

 そして周囲の鬼達も大将と呼び慕う者の娘の姿に心を打たれて、次々と彼女と同様に頭を下げた。

 これはもう、断れそうな雰囲気ではない……村正ががくりと肩を落とした。



「あ~もう! わかったわかった、やってやればいいんだろやってやれば!」

「ほ、ホンマですか!?」

「ここまで鬼にさせといてやらない方が鬼畜の極みってもんだろ……」

「お、おおきにや村正はん! この御恩は一生忘れへん!」

「それは無事に解決してからいってくれ――それで? 肝心の方法についてどうすればいいんだ?」

「それやったら、こちらに」



 華天童子が差しだしたそれは、村正の不安を更に煽る。

 それはこの事態を解決するに当たって、なんの関係性もなかった。言葉選ばずしていえば、ガラクタにもほどがある。どうしてそんなものを出したのか皆目見当もつかない村正の訝し気な視線に華天童子が答える。



「安心してください、これは一見するとただの小槌やけど、一度振るえばどんなもんでも小さぁなれる力を宿しとるんです」

「そんな能力が……」

「打ち出の小槌……これで小さぁなって父の体内に侵入します。そして、どうかウチも一緒に連れてってください」

「華天様! そいつぁいけません!」

「そうです! 同行するなら我々が……!」



 華天童子の提案は、ここにいるすべての鬼から猛反発を生んだ。

 当然だろう、なにせ彼女は朱纏童子の娘なのだから。万が一のことがあれば、村正としても責任が負えない。

 なによりもまず同行することそのものに、隣で殺気と嫉妬を沸々と煮えたぎらせるこの狐娘が納得するまい。村正が恐る恐る視線を横にやるのも、矛先が突然自分の方へ向かないようにするため。

 現在いま朱音の視界には華天童子しか映っておらず、不謹慎ながらもどうかこのまま終始彼女を向いていてほしい、と村正は心から切に祈った。



「それはできひん。元はと言えばこれはウチらの責任や。その責任を第三者である村正はん達になんもかも全部押し付けやなんて一族の……朱纏童子の娘としての名折れや。せやったらウチが行くのは当然やろ?」

「そ、それはそうかもしれませんが……!」

「せやから村正はん、決してご迷惑はおかけいたしません。どうかこのウチも一緒に同行させてください」

「あ、そ、そうだな……」



 ちらりと、改めて朱音の方を見やった村正はハッと息を呑んだ。

 もはや殺意や嫉妬を隠そうともしない朱音がそこにいる。両の包丁がぎらりと怪しく輝く様はもはや料理道具としての域を凌駕して、妖刀と呼んでも違和感はない。


 もはやあれは包丁としては使えそうにない……新しく都で購入することをひっそり決意した村正は、朱音の説得を試みる。むろん本音を吐露すればごめんこうむりたいところだが、今からいちいち怖気づいていてはこの先ずっと彼女の尻に敷かれた人生を覚悟せねばならない。


 そのような人生未来を受け入れるだけの覚悟などない……嫌々ながらも村正は朱音に進言した。



「朱音、ここは華天童子に協力してもらうぞ」

「そんな! 村正さんは私と二人っきりが嫌だっていうんですか!?」

「いやそうじゃない。俺とお前、より確実に生きてこの事件を解決する確率を上げるためにも今は人手がほしいんだ」

「だったら――」

「疾風丸の奴はまだ戻ってくる気配がない……あいつがくるのを待っている間に事態が急変しないとも限らない。だから今すぐに動く必要がある、そのためにも華天童子の協力は必要だ――悪いが華天童子、俺達に協力してくれるか?」

「もちろんです。この力、村正はんのために振るうことここに誓います」

「決まりだな。それじゃあ早速乗り込むぞ」



 華天童子を仲間に加えた村正は、打ち出の小槌を使って朱纏童子の体内へと侵入を試みる。

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