第二章:最強の鬼の娘
第11話
雲一つない快晴が今日も相変わらず、どこまでも続いている。
燦燦と輝く陽光は眩しくも温かくて、その下を優雅に泳ぐ小鳥達は実に気持ちよさげだ。
優しい微風が吹き抜ける平原は穏やかそのもの。正しく絶好の散歩日和だといえよう――そんな穏やかな空気とは裏腹に都は酷く陰湿な気に包まれていた。
「――、あれが例の瘴気か」
「おぉおぉ、本当にこりゃあえらいことになってやがんなぁ」
毒々しいまでの紫色の瘴気の濃さは、高天原の様子が窺えないほど。
目視しただけでも人体に悪影響を及ぼすと容易に想像させる瘴気に、村正の
村正は周囲を
高天原を覆う瘴気は、その
「朱纏童子が元凶だって思うも当然だな。あそこの支配者は現状あいつなわけだし」
「でも、おかしいですね。だって今まで人間に自分から牙を剥くことなんてなかったのに……」
「そこが謎だな。ある日突然人間に対して激しい憎悪でも抱いたか、もしくはそれ以外か。それ以外となると、これは本人に直接確認を取らないことにはわからないな」
「見出しは”都壊滅状態か! 朱纏童子の犯行に及んだ理由とは!?”――にするかねぇ。こいつぁ面白れぇ記事が書けそうってなもんだ」
「……とにかく
「そう、だな。やれやれ、鬼が出るか蛇が出るか……まぁ出るのは確実に鬼だろうけど」
高天原の惨状を横目に、村正らは
今はすっかり途絶えてしまった登山者を迎える鳥居は、手入れが施されなくなってもう随分と経つ。かつては色鮮やかであっただろう朱色の塗装もほとんど剥げ落ちて、少しでも衝撃を加えれば呆気なく倒壊しかねない雰囲気をひしひしと放っている。
ぼろぼろの鳥居を潜って道なりに進んでいく。
入山してから程なくして、疾風丸が不調を訴えだした。
「うげぇ……この妖気、あっしでもかなりきついな……」
「烏天狗のお前でそれか……」
「……村正殿。貴殿は何故そんなにも平然としていられるのだ?」
「あ?」
「いや、先程からどう見てもおかしいだろう!」
頼光からの指摘に朱音と疾風丸が激しく何度も首肯する。
最初こそ彼女の言葉の真意をわからなかった村正であるが、よくよく周りを見やってようやく、あぁと納得した。
村正の感覚的には並足を揃えているものとばかり思っていたが、実際には彼と頼光らとの間には大きな差が空いていた。
妖怪の2人は頼光と比較すると生気を保ってはいるが、万全であるとは言い難いい。
入山してからまだ
これ以上は危険だ、とそう結論を下す村正は小走りで彼女の元へ駆け寄るとひょいと持ち上げた。
米一俵を担ぐよりもずっと軽い。剣客としては小柄な体躯であるとは前々より思っていた村正も、思わずこの軽さには頼光の体調に身を案じるのを禁じ得なかった。
「お前、意外と軽いんだな……いや軽すぎやしないか? ちゃんと飯食ってるのか?」
「なっ! ちょ、いきなり何を……!」
「頼光、お前はもうこの山から降りた方がいい。明らかに顔色がさっきよりも悪すぎる。このままだと目的を達成する前に死んでしまうぞ」
「そ、某ならば平気だ! だからその、早く下ろして……」
「そんな青くした顔と弱々しい声で言われても説得力は皆無だぞ。とにかく、数少ない俺の顧客がこんな形で死んでしまうのはさすがに俺としても見過ごせないんでな、何がなんでもお前には山を下りてもらう――おい疾風丸」
「あん?」
「悪いがこいつ、空気がきれいで安全な場所まで連れて行ってくれないか? 俺は先に朱音と一緒に朱纏童子のところへいく」
「あいよっと。ほら人間の姉ちゃん、しっかりしなって」
「ぐ……」
頼光を疾風丸へと預けた村正は、その内心で滝のような汗をどっと流していた。
――いや、俺も確かに軽率な行動をしたかもしれないぞ?
――でもそこまで怒るか普通……。
――朱音の奴、この瘴気よりもとんでもない
「あ~っと、だな。俺達だけで先に朱纏童子のところにいくか」
「…………」
「ま、まぁ頼光も疾風丸もいないし二人っきりだな」
「――、そうですね! 村正さんとこうして
「どうせやるなら、今から血生臭くなるかもしれない
「私と村正さんでちゃちゃっと終わらせて都でそのまま
「……まぁ、そうするか」
辺りを包んでいた禍々しく、泥のようにどろりとして、鉛の如く重々しかった空気が一瞬にして解消された。瘴気こそ未だ漂ってはいるものの、九尾の妖狐の妖気による所為か、入山した時よりもずっと軽くすら感じる。朱音の機嫌も元通りになり、ここ
「それじゃあ行きましょう村正さん! というわけで、ハイ」
「――、ん? なんだその手は?」
「決まってるじゃないですか。手を繋いでいきましょう」
「……お前、ここに何しに来たかわかってるよな?」
「もちろんです。だから手を繋いで私達がどれだけ愛し合っているかを見せつけるんです!」
「…………」
いまいち緊張感に欠ける朱音の態度だが、彼女の機嫌をここで再び損なわせるのは愚策だと村正も理解しているので、渋々と手を握り返す。程よい温かさと女性特有の柔らかさが右手を優しく包み込む――一見すると仲睦まじいだろうが、
むろん本人の前でそのような発言は口が裂けても言えるはずもなし。村正はぐっと胸の内にしまいこんで、朱音と手を繋いだまま中腹を目指した。
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