第8話
その場所は絶えず炎の支配されており、来訪者に容赦なくその熱気を当てる。
これに耐えられない者はそもそも立ち入る資格すらない。
鍛冶師にとっての炎とは、いわば生涯を共にする
言い換えれば、この
「ヒッ! お、おめぇさんいきなり物騒するんじゃねーかい!」
「じゃかわしい。人ン
「ほ、本当に恐ろしい奴だなおめぇさんは。人間の癖に妖怪ビビらせるとかどうなってんだか……あ、後この刀早くどけてくれないかい!」
「……チッ。それで、お前は何しに来たんだよ
「ふぅ……いやなに、おめぇさんには色々と話があってな」
村正の切先から解放された途端、安堵の息をもらすこの妖怪――疾風丸は歴とした
――最初にあった時は、こいつ本当にあの烏天狗かって思ったなぁ……。
――自由奔放……悪く言えば人の都合を一切考えない自己中心的。
――それなのにかわいい奥さんと一緒に文屋をしてるんだから世の中不思議にできてるもんだ。
「――、で? 用件は?」
「おいおい、おめぇさんなんでそんなに嫌そうな顔するんだよ」
「逆に聞くがどうしてされないと思えるのか是非教えてほしいもんだな」
村正は忌々しそうに疾風丸を見据えた。
文屋を営んでいる疾風丸とその妻。機動力が極めて高い疾風丸は主にネタを探しに各地を奔走することを役目としている。背中に宿す身の丈はあろう漆黒の双翼を一度羽ばたかせれば、正しく風の化身だ。広大な空を自由で雄々しく駆る姿は目にした者の心を魅了する――が、その対価としてネタにされるから割に合わない。
ネタなんてものは、早々石ころのように転がっているものではない。日々情報を食い扶持としている彼ら文屋にとっては相当な痛手だ。そこで疾風丸が取った手段は文屋にとって最大の禁じ手、俗にいうやらせだった。
ネタがなければどうすればいい? ――だったらこちらから面白おかしく作ってやればいい、とそう豪語するのはさすが妖怪といったところか。村正も最初こそ適当に聞き流してこそいたのだが、よもやその矛先が自分に向けられようとは誰が思おうか。あることないことを、面白おかしく記事にされてから、村正の生活にも多少なりとも変化が生じた。
「忘れたとは言わせないぞ。お前が前に出した記事のおかげでえらい目にあったんだからな」
「でもその甲斐あっておめぇさんの店は繁盛したじゃあないか」
「方向性が悪すぎるわ! なんなんだよ、俺が打つ刀を持ってるとどんなに太っていても痩せられて綺麗になれるって意味わからんわ!」
「いやいや、あながち嘘じゃないだろう? おめぇさんの刀はどれも曰く付きだ、しかも特級のな。それを持っているだけでどんな不幸な目に遭うかわからない、その極度の緊張感が自然と身体を瘦せさせる……なんにも間違ってないだろう?」
「ストレスで痩せたって健康とは言い難いだろう。がりっがりに痩せこけて喜べる奴がどこにいる――とにかく、お前の戯言にこちとら巻き込まれたくないんだよ。斬られたくなかったらさっさとこっから出てってくれ」
「まぁ待て待て。今日はきちんと仕事にやってきたんだよ――おめぇさん、最近嫁さんができたららしいじゃないか」
「――、ッ。どっからその情報を仕入れた?」
「そりゃ企業秘密ってやつよ」
にしゃりと笑う疾風丸に、村正は若干苛立ちを憶えた。
こう見えてこの疾風丸の人脈は驚くほど広く深い。
「-―、というわけだから今日はおめぇさん夫婦についてを記事にしようと思ってな。もちろん取材には応じてくれるだろう?」
「断る。本当のことを言ったってどうせ――」
「今の話本当ですか!?」
「あ、朱音……!?」
ぱたぱたと工房にやってきた朱音が食い入るように疾風丸に尋ねる。
九尾の妖狐が嫁というこの事実を前にしても疾風丸は一切動じない。柔らかい物腰で、しかし彼の
「あぁ、申し遅れました。あっしは疾風丸、しがない文屋を営んでる者です。今回はつい最近結婚されたというご夫妻について色々とお伺いしたいのですが……よろしいですかい?」
「もちろんです! 私と村正さんの愛を是非! どんどん国中に浸透させてください!」
「お願いだからやめてくれ!」
妖狐と烏天狗……この2人の出会いに村正はかつてないほど焦った。
双方共に強大な力を有する存在として畏怖されてこそいるが、村正が恐れるのは
――朱音の奴がまともなことをいうとは、どうしても思えない……!
――疾風丸の野郎は絶対に面白おかしく湾曲して記事にするつもりだ。
――朱音もノリノリだし、どうすりゃあいいんだよ……!
――……とにかく、俺がどうにかして話を修正していくしかない!
「それじゃあ早速色々とお伺いしたいんですが、よろしいですかい?」
「はい! なんでも質問しちゃってください!」
「それじゃあですね、早速で申し訳ないんですが胸の大きさを――」
「おい」
疾風丸が言い終えるよりも先に村正は腰の刀を抜き放った。切先はもちろん彼の首元に突き付ける。いくらなんでも発言して良いことと悪いことはあろう、その区別付かずして朱音に接するのであればさしもの村正も見過ごすつもりは毛頭ない。彼女のことを妻として認めない彼でも、女性が軽視されるのを目の当たりにして素通りするほど人間落ちぶれてはいない。
「じょ、冗談に決まってるだろ! だいたい俺には花子っていう地上最強のかわいい嫁がいるんだから、他の女に現を抜かすわけがねぇだろうが!」
「だったら最初から馬鹿なことは言わないもんだ。次なんか言ってみろ、今度こそお前の首をた叩き斬ってやるからな」
「わかったわかった! わかったから早く切先をどけてくれよ危ねぇなぁ本当にもう……」
「村正さん、私のために……!」
「……取材については俺も見張らせてもらう。変なことを言ったらすぐに訂正するからな!」
「大丈夫です、私は真実しか語りませんので!」
何がどう大丈夫なのだろう……自信満々に答えた朱音に、村正はただただ不安で仕方がなかった。
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