第7話
鉄を打つ以外、千子村正の家は基本的に静かな時が多い。
村正自身、はしゃいだりするような性格ではなく、鍛冶師としての仕事を終えれば後の時間は静寂に身を委ねる。だからこそ、静寂がこんなにも恋しいと思ったのは全部この狐娘の所為だ……小さな溜息を1つもらして村正が見やった先では、
家事能力について文句の付け所はこれっぽっちもなし。認めたくはないが、よくできた嫁だと言わざるをえない――ふんふんと上機嫌で歌う鼻歌が、先程からずっと気になって仕方がなかった。
反応せずに放っておけばよいのではないか? ――こういわれてしまうと確かにその通りであるのだが、妙に耳について離れない。いつしか無意識の内に同じ
「ふふふふふーんふふふふふふふーん――」
「あー朱音? さっきからその鼻歌はなんなんだ?」
とうとう耐えられなくなった村正は、ついに朱音へと尋ねることにした。
「これですか? 私が作った恋歌です。歌詞はまだできてないんですけど、曲調だけはできたって感じです! 村正さんへの熱い想いを募らせていますので、楽しみにしていてくださいね!」
「あ、あぁ……。なぁ朱音、本当にどうして俺なんかのとこに嫁ぎにきたんだ? 俺なんかよりももっといい相手はいっぱいいただろうに」
妖怪と夫婦の契りを交わすことはそう珍しくないこの
その中で朱音は
「村正さんは、運命を信じますか?」
「運命?」
「はじめて村正さんを見た時、あぁこの人こそ私の運命の人だって直感したんです。それまで私、自慢じゃないですけどまったく男の人に興味がなかったんです」
「そうなのか?」
外見年齢ではあるものの、齢15~6の年頃の娘ならば色恋沙汰にもっとも関心を抱く時期だろうに……朱音の異性への興味がないという発言に、村正は珍しく感じた。もっとも結婚や色恋沙汰については村正もとやかくいえるだけの資格などない。齢20をとっくに超えていながら鉄を打つ毎日をすごしている。
第三者からすれば自分のきっと変わり者と思われているに違いない……村正は静かに、自嘲気味に笑った。
「村正さんを一目見た時から、ずっと
「そうなのか? てっきりすんなりと承諾したものばかりだと俺は思ってたんだが」
「最初こそ、どこにもやらん! っていってたんですよ。そこからお父様とは激しく殴り合いの喧嘩になっちゃったんですよ」
「そうなの……は?」
「お父様ったら、あの時本気だったからちょこっとだけ手こずっちゃいましたよ。でもそこは村正さんへの愛の力で勝利しましたけどね!」
「……は?」
懐古の情に浸って、その最中にからからと笑う朱音。そんな彼女に村正は唖然とした様子で見やった。人知れず、そして見かけによらず激闘を繰り広げていたらしい……同じ九尾の妖狐、実力は朱音よりも長い時を生きる雷電に軍配が上がりそうなものだが、それを下したのだから
この九尾の妖狐から果たして、本当に逃げられるのだろうか……一抹の不安が村正の胸中に渦巻く。今でこそ普通に会話や時間を共にしているが、腐っても
「…………」
「あれ、村正さんどこへ行くんですか?」
「あ~、いや何。そろそろ仕事をしようと思ってな」
「そうですか。じゃあお昼は盛大にしますね!」
「あぁ、よろしく頼む」
今は思考がぐちゃぐちゃとしていて纏まらない、こういう時こそ他のことをして気分転換をするに限る。村正にとっての気分転換とはむろん鍛冶……鉄を打つことにある。
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