第5話
夜更けすぎ、村正はふと目を覚ました。
格子窓の隙間から入り込む緩やかな風は微かな冷気を帯びているものの、とても優しい。
その遠い向こう、さながら上質な
絵に描いたような、とは正しくこのことを言うに違いない……微睡の中にあった意識もすっかりと覚醒してしまい、このまま次の眠気がくるまで月見にしゃれ込もうとした村正は、隣でくぅくぅと小気味良い寝息に現実へと連れ戻された。
疲労と呆れを含んだ
――朱音の料理、それにしてもうまかったな。
――奇しくも料理の内容も味付けは俺好みのものばっかり。
――これなら毎日喰っても……って早速胃袋掴まれる!?
――駄目だ駄目だ、俺はまだ結婚なんかする気はないんだ。
「……少し、外にでも散歩しにいくか」
寝ている朱音を起こさぬようそっと布団から抜け出して、村正は家の外へと出た。その右手には愛刀もしっかりと携えて……。
夜を迎えた外は相変わらず気持ちよい静けさに包まれている。
夜風に吹かれて擦れる草木の音色、楽器の音色のような虫の鳴き声、近くの小川からさらさらと流れるせせらぎ……これらすべてが合わされば自然が織り成す
村正は、いつもの場所へと移動する。月を神棚に見立てて刀礼を済ませて、刀を抜いた。
ほのかに紫を宿す刀身を静かに降れば、鋭い風切音がびゅんと奏でられる。
心が乱れた時、気を紛らわせたい時は修練をするに限る……村正は虚空に向けて
――どうやらお邪魔虫のご登場らしいな。
――やれやれ、結局こっちにいようがあっちにいようが、俺に安息の日はないってか。
――たかが人間1人にかまけるとか、どんだけ暇なのかねぇ
忌々し気に視線を送る先、漆黒の闇からゆっくりと姿を現したそれは、正に異形の一言に尽きよう。肝心なのは妖怪とはまったく異なる存在であり、幾度となく
そんな村正に異形の者達が肉薄する。
どかどかと地を踏み鳴らし、血生臭い吐息をもらして剛腕を振り上げた。
怪物の肉体は人間の
あくまで直撃すれば、の話ではあるが。
一撃でも即死に繋がる攻撃から、村正はそのすべてを見切ってみせた。時には眼前すれすれで、時には舞うように空へひらりひらりと螺旋を描き、異形の手から逃げた。
そして
「そろそろ終わらせるぞ。今ここにいるのは俺だけじゃないんでな」
村正は地を蹴った、次の瞬間――異形の一匹の首がことりと地に落ちた。このあまりにも突然的で呆気ない出来事に異形の者達の動きに遅れが生じた。時間すれば一秒にも満たない、そのわずかな時間が彼らにとって命取りとなる。
それはさながら一陣の疾風の如く。首だけを狙った正確無比な太刀筋は無慈悲にして美しい。留まることを知らない流水の刀捌きはあっという間に異形を首なき骸へと変えた。糸切れた人形よろしく地面にどしゃりと沈んだ骸と、彼らより流れ出たむせ返るほどの濃厚な血の香りが辺り一帯に漂う。
「やれやれ……本当に飽きないな」
刀身にべったりと付着した血を振るい落とす村正。
ころころと転がる首の1つが恨みがましそうに、納刀する村正をぎろりと睨む。
「キ 貴様……コノママ終ワルトハ 思ウナヨ!」
「まだ息があったのか。さすがっていうかなんていうか、相変わらずしぶといな」
「貴様ニ 安住ノ地ナドドコニモナイ! 貴様ノ魂ハトウニ
「俺の知ったことじゃないな、んなことは」
眉間に切先を突き刺した。塵と化して四散する様を見届けることなく、再び静かな夜が訪れる中を村正はふと背後を振り返る。
「村正さん……!」
「朱音……」
乱れた寝間着姿のまま、不安そうな表情をした朱音がそこに立っていた。
「突然大きな音がして、それで慌てて起きてきたんです!」
「あぁ、もう心配ない。ついさっき終わらせてきた」
「……すんすん――血の香り……まさか村正さんどこか怪我を!?」
「いや俺なら心配するな。どこも怪我をしてない。さてと、それじゃあそろそろ俺も寝ようかなっと――明日も早いからなぁ」
「あ、待ってください村正さん!」
先にそそくさと寝室へと戻った村正は、ほっと安堵の息をもらした。
というのも、朱音の恰好があまりにも官能的すぎたのである。
大胆にも胸元がはだけて、今にも見えてしまいそうだった。
本人でさえもその事実に気付いていないことから、よっぽど慌てて出てきたのだろう。
しかしそれを
見なくてよかった、とそう安堵する傍らで、しかしいざ見てみればこれがなかなか大きかった、と男としての
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