第4話

 女侍がいてくれた時間がどれだけ幸せだっただろうか……、地面の冷たく固い感触を両足に感じる傍らで村正はそんなことを、ふと思う。



「それで村正さん、どういうわけか説明していただけますか?」

「いや、説明するも何もだな。俺は別にさっきの奴とは――」

「そんなことを聞きたいのではありません。どうして浮気をしたのか……私が聞きたいのはそれのみですので、お間違いなきようお願いします」

「う、浮気って……さっきの奴とは話をしただけだろ? それも商談だ。どうしてそれだけで浮気扱いになるんだよ!」



 これにはさしもの村正も抗議せずにはいられなかった。

 確かに女人が彼の刀を求めて訪れることは、とても珍しいことは否めない。

 だが可能性が0でない限り、訪れることもある。客としてきたのであれば応対するのは、商売を生業とする人間にとっては至極当然の行為にすぎない。この対応を疎かにして栄えた商店など未だかつて存在しないのだから。買う方も売る方も、互いに礼節をもって応対することで良い商売となる。


 よって村正は、自身の行動に非はないと断固として譲らなかった。



「いいえこれは立派な浮気なんです村正さん。村正さんはとても素敵な殿方です。なので他の女共……ヒトメスも村正さんを狙っています」

「いやそれは絶対にない」

「さっきのあのヒトメス……深編笠で隠していたつもりでしょうけど、隙間から覗かせる目は明らかに村正さんを狙っていました。人の旦那様に手を出そうなんて笑止千万です!」

「いやまだ結婚してないけどな」

「それに気付かなかった村正さんも同罪です。だから浮気なんです」

「その理論は絶対におかしい」

「でも私は妖狐ですけど鬼ではありません。今回は初犯ということで許します、ただし今後村正さんは私以外のヒトメスに声をかけることも返事することも、後笑ったりすることも禁止します」

「はぁっ!?」



 朱音の下した処遇に村正は愕然とした。



――いくらなんでも言ってることめちゃくちゃすぎるだろ!

――これじゃあもうただの暴君じゃねーか!

――他の女と話すなって? 冗談じゃない……!



 不服を申し立てるべく、毅然とした態度で村正はすっと立ち上がった。

 次の瞬間、なんとも小気味良い炸裂音が工房に反響した。

 音の出所はすぐ前にある。悶絶する朱音の背後、帰ったはずの雷電が佇んでいた。よくよく見やれば彼の右手にはハリセンがしっかりと握られている。



「あんた……!」

「やれやれ、嫌な予感がしたから急いで戻って来てみればやはりこうなっていたか……。すまないね村正君。朱音は少々、束縛が強い一面があるんだ」

「それはさっきもう見たよ……というか、少々?」

「朱音、気持ちはわからないでもないが一方的な愛は破局を招くだけだよ?」

「……ハッ! お、お父様!」

「良い夫婦関係を築くのならお互いを尊重し信頼すること……僕と母さんを見てきた朱音ならわかるよね?」

「は、はい! あの、すいません村正さん」



 父に論された朱音が勢いよく頭を下げた。

 もう先程のように瞳をどす黒く濁っておらず、完全に輝きを取り戻している。

 一先ず、危機は去ったとみてよかろう……村正はほっと安堵の息をもらした。



「――、というわけだから僕は今度こそ帰るよ。あぁ村正君」

「ん?」

「朱音は、その……妻ににてとっても独占欲が強い娘なんだ。だから……うん、頑張ってね」

「おい」

「それじゃあね!」

「ちょっとま……ってもういないし!」



 煙のようにすぅっと姿を消した雷電に村正は今度は大きな溜息をもらした。

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