欲望

 「ふふっ……人間を操るなんて、案外簡単なものね」


 私が創造神と人族、魔族とを結ぶ使徒だったころなんて、こんなことは出来なかった。

 他者を自分の手駒のように扱うのがこんなにも気持ちいいだなんて今の今まで、知らなかった。

 ユミルもこんな気持ちだったのね。

 創造の秩序を司る神、ユミルにいいように使われて正直、腹に据えかえるものもあった。

 そんな私に声を掛けたのが時の秩序を司る神、クロノスだった。


 「あなた、何か嫌なことでもあるんじゃないの?」


 思えばクロノスは、最初に出会ったときから腹に一物ありな女だった。


 「そ、それは……」


 当時の私は、今よりも随分気弱で人の前では素直になれないでいた。

 

 「まぁ、いいわ。私ならきっとあなたを助けられるし、あなたの欲望も実現させてあげられると思うの。その気になったら私の元を訪ねなさい?」


 クロノスの甘言と疑ったが、私はその魅力的な言葉に抗えなかった。


 「あら、思ったより早く来たわね」


 使徒としての勤めを放り出して、私はクロノスの元を訪れた。


 「じ、実はその……」


 思い切って、ユミルの使徒として働いていることへ対しての不満を吐露しようとすると、


 「あなたが言いたいことは、わかるわ。私も同じ気持ちだもの」


 クロノスもまたユミルによって創造された神、そんな彼女に共感していると言われた私は、どんどんクロノスへと依存した。


 「あなたの欲望は、叶えてあげる。でも見返りを要求するわ」


 クロノスの甘言に流され続け、クロノスの存在にどっぷりと心酔してしまった私にある日、クロノスは、そんなことを言った。

 私も一応、神族ではあるが当時は、一介の使徒に過ぎなかった。

 そんな私に見返りとして差し出せるものがあるはずもなく


 「そんな……でも私、ただの使徒だから……」

 

 多分、何を要求されるかわからず怯えながら言ったんだと思う。

 すると、クロノスは欲望に満ちた眼差しを私に向けて言った。


 「わかってるわ、だからあなたのカラダを私に差し出しなさい?」


 神族は、ほかの種族と違いユミルが秩序を創造することによって生み出されるため男は不要だった。

 そういう理由で、生殖器官はあるものの男女の交わりは起き得なかった。

 唯一例外があるとすれば、色欲の秩序を司る神、アスモデウスくらいだ。

 しかし色欲を司る神の及ぼす影響は、当然私達も受けていたから、神界では女同士で交合うことなど、至極当然のように行われていた。


 「そ、それは……」


 そういった行為には、縁がなく疎かった私は拒絶するわけにもいかずただ困惑していたと思う。


 「怖がっちゃって、可愛い子ちゃん」


 クロノスは、彼女の寝そべる寝台に私を誘った。


 「手ほどきしてあげるわ」


 スルスルと神衣の下に滑りこむクロノスは、手馴れたもので、私のことを割れ物を扱うようにそっと愛撫し、その日だけでも何度も達した。

 何も知らなかった私は、ひたすら快感の波に流され続けた。


 「あぅぁぅ……」

 「ふふ、いいものでしょう?こればっかりは、アスモデウスに感謝しないとね?」


 そう言うとクロノスは、私の顔にまたがった。


 「今度は、あなたが私を気持ちよくする番よ?」


 イカされ続けて朦朧とした意識の中で、私は思考すらもままならずクロノスの言うがままだった。


 「ほら、早く舐めてちょうだい」


 頭を抑えられてグリグリと秘部に押し付けられる。


 「んあっ……センスがあるわ、ね……んっ……」


 それから暫く続いた爛れた関係。

 今思えば反吐が出るような行為だが、当時は夢中だった。

 そして彼女は、約束通り私の望を叶えた。

 創造の秩序を司る神、ユミルの秩序を剥奪したのだ。

 そして彼女は、私にとり不必要になった。


 「クロノス様、私の望を叶えて下さりありがとうございました。これで私ともお別れですね」

 「あら、どうしてサヨナラだなんて言うの?」


 心底不思議そうな目線を私に向けるクロノス。


 「だってあなた様は、もう私には不必要ですから」


 私は、神殺しの矢であるミストルテインをクロノスへと向けた。


 「そんなことをすれば、どうなるかわかってるの!?」


 怯えた目をして抵抗するクロノスを見たときの昂りは、今でも覚えている。


 「せいぜい時の秩序が失われるくらいでしょう。でも安心してください、私が引き継ぎますから」


 私は、その場でクロノスを射殺した。

 そして彼女の持つ神核を自らの体に取り込んだ。

 創造の秩序が失われたこの世界、私が全ての上に君臨できないのなら壊れても一向に構わない。

 秩序を剥奪されたユミルは、神界を彷徨い続けた。

 本当にいい気味だった。

 私に指図していた神の落ちぶれた姿を見ていることは。

 そして私の欲求は、とどまるところを知らず全ての神々の上に君臨したいと思うようになった。

 まるで私自身が、欲望を司る神になってしまったかのような感覚。

 時の秩序と破壊の秩序は、既に私の手中にあるのだ。

 このまま、ほかの秩序も奪ってしまおう。

 私が全ての神の秩序を持ち、全権代理者となれば、私以外に神は必要なく意志を持つ全ての生命が私にかしずく。

 あぁ、なんて素晴らしい世界だろう……。

 でも、そんな世界の実現のための歯車が狂い始めていた。

 神界を下ったユミルと大魔術師アイヴィスによって――――。


 

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