抜き身の剣と鞘


 今日は、銀嶺亭への帰り道にギルドに寄って帰ってきた。

 目的は、依頼に関する情報を得るためだ。


 「進捗状況はどうですか?」


 期待の込もった眼差しでギルドの受付嬢に訊かれたが俺は、その期待に応えることはできなかった。


 「すみません……」


 まだ何も……と答えたとき、


 「そうですよねぇ……だってまだ誰も達成できてない依頼なんですから!!焦らずにいきましょう」


 と言ってくれた受付嬢のわずかに落胆した顔に申し訳なさを感じた。

 今のところ何も進展は無く時間を浪費しているだけだった。

 ただ歩き回って一日が過ぎた。

 ただ疲れただけで二日が過ぎた。

 ただ何の手掛かりもなく三日が過ぎた。

 変化があったとすれば、張り付くような視線を背後に感じるようになったことぐらいか。

 今のところ俺達に直接の害はないから放っておいている。

 ユミルは、何も疑うことなく協力し続けてくれている。

 ティリスは、自分が選んだ依頼だからと、責任感を持って連れ去られた子供たちの捜索に俺と一緒に明け暮れていた。

 そして俺達が手をこまねいている間に、また行方不明となった子供が二人―――――増えた。

 さらには、体の一部に抉られたようなあとを残した少女の遺体が川辺で見つかった。


 「アイヴィス、どうしたの?」


 隣のベッドに横になったユミルが心配そうに声を掛けてきた。

 

 どうやら考え事をしていて、ずっと黙ったままだったらしい。

 

 「敵の正体がわからないといくら俺が魔法を使えたって、いくらティリスが神を滅ぼせるほどの力を持った剣だったって、いくらユミルがかつて創造神だったとしても……無力なんだなって……」


 少し寂寥感せきりょうかんというか無力感というか、そういったものをいだいてしまう。


 「そう思いつめることは無い」


 健気けなげにもユミルは、そう言ってくれた。


 「あぁ……でもな……」


 これでも俺は、人族と魔族との戦争に終止符を打った勇者だった。

 誰もが認める大魔術師アイヴィスだったんだよ。

 それが気付けば助けたはずの人族に裏切られ追われる身になってその上、純真無垢で無実な子供たちの一人も助けることができない体たらくだ。


 「アイヴィス……」


 ユミルは、それ以上何も言わずにただ俺のことを見つめた。


 「いや……何でもない。ちょっと弱音を吐いただけだ……忘れてくれ」


 そう言うとユミルはわずかに微笑んだ。


 「アイヴィスにも人間らしいところがあるんだって……安心した」


 人間らしさ……か。

 人族と魔族との大戦の折、俺は弱さをひた隠しにして戦ってきたはずだ。

 理由は単純、弱さは隙だからだ。

 それは俺自身の考えではなく恩師の受け売りではあるが……。

 ユミルの言葉を聞いて考えさせられた。

 人間らしさが欠如しているか……。

 圧倒的な強さを持つ聖剣『神滅剣ディオス・リズィ』の力を借り、優れた魔力を持つ俺はもしかしたら人間ではないのかもしれないな。

 いや、正しく言えば一般の人族の目で見れば、だ。

 無論、俺自身は自分を人間だと思っているし人間らしく振る舞っていると思っている。

 

 「抜き身の剣は鞘が無いから傷つきやすい」


 ユミルが真剣な表情で言った。

 

 「あなたは、今まで人々を守る剣だったから守られることなんて考えてこなかった」


 確かにそうだな……誰かが起たなきゃ人族はいずれ魔族によって絶たれてしまう……そう考えてひたすらに戦い続けて人族を守ってきた。

 同じ人族の一員として。


 「だからあなたは傷ついてしまった……」


 その言葉にはユミル自身の憂いみたいなものを感じた。


 「少し、いろいろと背負いすぎたのかもしれないな」


 期待、命運……そしてその果てに俺は、裏切られた。

 その行為が人族の総意でないことは知っている。

 例えば、教会の意図なのか、どこかの王国の意図なのか。

 そのどれが正しいのかあるいは両方が正しいのかは知らないが、そういった大勢力の力が働いているの確かだろう。


 「だから」


 ユミルがわずかに照れたようにはにかんで、言葉を切った。


 「だから私があなたの鞘になる。あなたを守ることはできなくともあなたを優しさで包み込むくらいはできるもの……」


 ユミルはまなじりを決して一段と真剣な面持ちでそう言った。

 

 「ありがとう……本当にありがとう……」


 こういうことを言われたことが無くて、ここまでの大きな優しさを感じたことが無くて、俺は何と言って返したらいいかが分からずただ、そう答えるしかなかった。


 「お、おやすみなさいっ」


 そこまで言うとユミルは、掛けていた毛布をすっぽりと被ってしまった。

 部屋の明かりをつけなくてもわかるくらい、盛大に顔を赤らめて。

 だから、おやすみの挨拶に一言を添えて。


 「俺、明日も頑張るわ。おやすみ」


 身近なところで事件が起こるとも知らない俺たちの夜は静かに更けていった。

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