危険な依頼


 

 ギルドは、多くの人でごった返していた。

 とりあえず、ティリスの手をひいて人波をかき分けていく。


 「ちょっと私、子供じゃないんだからね?」

 

 でも、こんだけ大勢の人がいると身長の低いティリスにはなかなか進むのが大変なはずだ。

 

 「じゃぁ、離すか」


 ティリスの手を離すと、逆にその手を掴まれた。

 

 「こ、厚意は素直に受け取るべきだからっ!」


 ティリスは、そう言ってそっぽを向いた。

 時折ちらりとこちらの様子をうかがうような素振りを見せる。

 さらにからかってやりたくなるが、さっきからかったばかりだし、此処には多くの人がいる。

 さすがに公衆の面前で、というのは気が引けた。


 「そうか」


 と答えて、そういうことにしておいた。

 求人広告と依頼の張り出されているボードの前は、特に人で溢れていてなかなか正確に字を読める距離まで近づけそうにない。


 「【視力強化ルミニス・フェルサ】」


 視力を強化する魔法をかける。


 「あ、ズルい!!私にも!!」


 せがむので同じ魔法をティリスにもかける。

 さっきまで細部が見えなかった字も、今は霞が晴れたようによく見える。


 「パン屋さんの職人募集だって」

 「あ、レストランのウェイトレスの募集もある」


 ティリスは、まったく俺とは縁の無さそうな仕事をピックアップしていく。


 「なぁ、働くのは俺だぞ?」

 

 窘めるが、その言葉は人垣の喧騒に飲み込まれてしまったらしい。

 俺は、求人募集ではなく依頼の方を探すことにした。

 どうやら求人募集の方にある仕事は、どれも俺には合わない。

 その点、依頼はというと日数は短期間で済むし肉体的労働的なものが多いから俺にはピッタリなんじゃないだろうか?

 なにしろ俺は追われる身、いつまでこの街にいれるかすら定かではないのだ。


 「ねぇ、アイヴィス……あの依頼を見て」


 ティリスが、指示した依頼は一番右上の隅に張り出されたもので何度も金額が書き換えられていた。

 そして書き換えられるたびに報酬は引き上げられていた。


 「えっと……さらわれた子供の捜索と救出って書いてあるな」

 「依頼主が教会、保護者、ギルドで一番報酬が高いわね」


 どうする?といった顔でティリスがこちらを覗き込む。

 俺には時間はともかくお金は十分にあるのだ。

 焦って日銭を稼がなければならない、というわけではない。

 誰も引け受け無さそうな依頼を引き受けるのもありだろう。


 「俺は構わないぞ?」

 

 ティリスに了承を出すと、コクっと頷いてティリスはその依頼の書かれた紙をボードから剥がしてきた。

 あとは、これをもって受付に行くだけだ。

 そこでこの依頼に関する情報をもらえるはずだ。


 「おい、お前……その依頼はやめておいた方がいい」


 受付に行こうとしたところで、大剣を担いだ男に声を掛けられた。

 

 「私もそうおもうわぁ」


 その連れらしいローブを纏ったいかにも魔術師、といった風体の女も男の意見に同調を示した。

 

 「どういう意味だ?」

 

 そう訊き返すと、男はニッと笑って手のひらを出した。

 俺は男の意図を察して銀貨を一枚、男の手のひらに押し付けた。


 「おぉ、兄ちゃんは気前がいいねぇ」

 「全く、みっともないのねぇ」


 魔術師の女の方は、そんな男を見て嘆息した。


 「いいだろぉ?情報は命と同じくらいに価値のあるもんなんだからよぉ」


 男は悪びれもせず女に向かってそう言ってからこちらに向き直った。

 女は、ごめんなさいねと頭を下げる。


 「いや、俺もその依頼を受けたんだがな、危うく殺されかけた。かなりきな臭いぞ、その依頼はよぉ」


 男は朝から酒を飲んでいたのか呼気が酒臭い。

 ティリスは顔をしかめている。


 「噂によれば、俺より前にその依頼を引き受けた三人は何者かに殺されちまったんだと」

 

 思っていたよりも簡単な依頼ではなさそうだ。


 「子供の誘拐で、どうして殺しまで?」

 「これも噂なんだが、どうやら子供を攫っているのは魔族らしいってもっぱらの話でな?」


 魔族が子供を攫うか……。

 考えられない話ではないな。

 まだ魔法に目覚めていない子供であれば、その子供の魔力機関を取り出し自分の体に取り込み自らの魔力を高めることができるという話を聞いたことがあった。

 あるいは、人体錬成に使うのか。

 人体錬成によって自らの根源、魔力をそっくりそのまま別の肉体に複製することも可能だ。

 かつての大戦の折には、人体錬成によって編成された魔族の部隊と戦ったことがあった。

 これも魔法に目覚める前の子供の魔力機関でなければできない話だ。

 そこから考えられるのは、魔族が再起を図ろうとしているということだが……。


 「教会が躍起になって、その魔族をさがしているっつぅ話だが一向に見つからないんだとよぉ」


 わずかな魔力の痕跡すらも見落とさず俺を追いかけてくる教会の聖騎士が見つけられないというのはおかしな話だ。

 あるいは、かなりの高位の魔族なのか……?


 「他には?」


 俺が続きを促すと男は首を振った。


 「悪いが俺が知ってることは、ここまでだ。だから命が惜しけりゃその依頼は受けないほうがいい」


 男は急に素面に戻ったような顔でそう言った。


 「って話だぞ、ティリス?」


 俺は、正直言ってこの依頼を受けても受けなくてもどちらでも構わない。


 「私のパートナーがこの程度の話で怖気おじけるはずはないわ」


 ね、そうでしょ?とティリスはこちらを見た。


 「随分と高く見られたものだな。引き受けよう」


 本当にやるのか?という目で大剣の男と魔術師の女はこちらを心配そうに見る。


 「まぁ、無事に成功したら酒の一杯でも奢ってくれや」


 男はポンポンと俺の肩に手を置いた。


 「それ、逆なんじゃないかしら?」


 女が大きな錫杖しゃくじょうで男を小突く。


 「おう、そうだな!!依頼が成功したら好きなだけ俺の金で飲んでくれやぁ」


 男は、そう言うと豪放磊落に笑って俺たちに背を向けた。

 これから何か、依頼をこなしに行くのだろう。


 「俺達も行くか」

 「頑張りなさいよっ!!」

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