ユミルの追跡者
ギルドの受付嬢の元へ、ティリスが依頼の書かれた羊皮紙を持っていった。
「これ、相当難易度の高い依頼なのですが……?」
受付嬢は怪訝な顔をした。
本当に達成できるのか?と言いたげだ。
「実力が気になるのか?」
「え、えぇ……死の危険性のある依頼である以上、そう簡単に皆さんを送り出す訳には行かないので」
身を案じてくれていたらしかった。
「実力か……」
まかり間違っても、姿を明かすわけには行かないからかなんと言ったものか……。
そう悩んでいるとティリスが横合いから
「……彼は、かの大戦の折、最前線で戦ってこの通り生還してるわ!実力は、それが保証してくれるんじゃないの?」
と言って受付嬢を納得させてしまった。
「それは……そうですね……無事に依頼を成功させてくださること、切に願います」
受付嬢は、俯きがちにそう言うと話はそれっきりだった。
別に彼女は、ティリスのやや喧嘩腰な口調に怯んだわけじゃなく、ただ危険な依頼を受けさせることが辛いのだろう。
「安心しろ、この程度じゃ死なないさ」
受付嬢にそう言い残してギルドを後にする。
情報についても、色々教えて貰ったがあの男の方が依頼を受けただけあって詳しかった。
「銀貨1枚という価格がどうなのかはわからなかったけど、無駄じゃなかったわね」
ティリスもその点については同意らしい。
「まぁ、悪い人じゃないんだろうな」
金をとるにせよ身を案じて警告してくれるのだ、きっといい人なのだろう。
◆◇◆◇
銀嶺亭に戻ると、部屋の扉の前にユミルが買い物かごを脇において座り込んでいた。
「……何してるのよ?」
ティリスの問いかけにユミルは、ハッと顔をあげる。
あげた顔は、泣きっ面だった。
「ようやく帰ってきた」
ガバッと立ち上がったユミルに抱擁される。
「いや……どうしたんだ……?」
ユミルは手で顔を拭うと
「家に帰ったら二人の姿が見えなくて……その、捨てられたのかと思って……」
あれ、ユミルとティリスと俺は、鍵のあるなしに関わらず入れるような結界を貼ってあったはずなんだがな……。
「アイヴィス……言い忘れてたんじゃないの?」
横からジト目のティリスに睨まれて、俺は思い出す。
「忘れてたな……」
俺は、立ち上がって扉を押してみせる。
すると鍵をかけてあるはずの扉は、すぅっと開く。
「俺ら、三人のみが入れるように結界を貼ってある。正直言って鍵は必要ない」
ユミルに教えてやるとユミルは俺の胸板をバシバシと叩いた。
「なんなんですか、それは!? 私の涙と時間を返してくださいよっ!!」
神族なんだから結界くらいには気付けると思ったんだがな……。
力が衰えてしまっているなら、気付けないのも無理のない話だった。
「第一、アイヴィスが救うと決めたものを見捨てるわけないわ!!」
ティリスが、ユミルに追い打ちをかける。
こいつ、ユミルにいつもいろいろ言われてるからって、こういう時だけ強気になるのかと思わないでもない。
ちなみに、俺は面倒くさいと感じたら割と見捨てちゃうからな?
「そうでした……それは私もよく知るところ……疑ってしまってごめんなさい」
今度は、しゃがんで頭を下げるユミル。
「泣いたり怒ったり謝ったり忙しいやつだな。いい加減、部屋の中入らないか?」
さっきから廊下を通りかかる他の部屋の客に、何やってんだこいつら? みたいな目で見られてるのが気になってしょうがないのだ。
「……はい」
シュンと項垂れるユミルを押し込むようにして、何とか部屋の中に戻った。
結界の中ならともかく、結界の外でこういう話をしてれば誰が聞き耳を立てているかわかったものじゃない。
「【
結界の周囲の広範囲に渡って聖騎士や神、神の加護を受けるものの気配を探す。
反応があったのは、ユミルのものともう一つ。
「【
第五階梯の闇属性魔法を気配のした方向に放つ。
魔法は、暗闇で満たされた空間を生み出した。
気配は確かに、その空間の中から感じられた。
「捕まえたな」
魔眼を凝らして暗闇の異空間を見つめる。
そこに閉じ込められていたのは一匹の蝙蝠だった。
しかし、次の瞬間ーーーーーそれは、強烈な光を放って空間をこじ開け、高位の魔族ですら逃さないはずの異空間牢獄から逃れていった。
気配探知への反応もユミルのものだけになっている。
魔族でないとするならば……答えは二人が教えてくれた。
「やっぱり来てたんですか?」
「見つかったわね」
ユミルは、神としての強大な力と秩序を失ったはずだが神族の気配は感じるらしかった。
ティリスも
「俺の追っ手ではなくユミルの追っ手らしいな」
どの秩序を持つ神かは知らないが、異空間牢獄から抜け出したのは神族だ。
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