宿屋 銀嶺亭



 「部屋を借りれないかい?」


 とりあえず街に来たはいいものの朝早く店を開けてる宿屋が無く歩き回って見つけたのがこの銀嶺亭だった。

 一階は大衆食堂で二階から上が宿屋といった感じだ。

 とりあえず一刻も早くどこかに腰を据えて落ち着きたかった俺は、銀嶺亭に入って部屋を借りることにした。


 「悪いねぇ、兄さん。部屋が空いてないんだよ」


 受付の子は活発そうな見た目の少女で宿帳を見ながらそう言った。


 「どんな部屋でも構わない」


 再び少女は宿帳に眼を落としてからこちらに視線を向けて


 「兄さん、いくら持ってるんだい?」


 と訊いてきた。

 こういうところで大金があることを示せば、足元を見られるかもしれないしもしかしたら盗まれる可能性さえあるので


 「それなりにはあるさ」


 と答えを濁しておいた。


 「……そうかい、なら一泊銀貨一枚するけど大部屋が空いてるよ。どうするね?」


 ひと月で金貨三枚か……幸いにしてお金は当分の間は困らないくらいにある。

 出所は無論、自分が大魔術師として働いた給与だ。

 

 「頼もう。俺と連れが二人いるが大丈夫だろうか?」


 目下、最大の心配は三人で生活することができるのかという点にある。


 「部屋の大きさは三人でも広いくらいだ。それに壁もしっかり厚さがあるから多少は声を出しても大丈夫よ!!」


 少女はニヤニヤと笑うと要らざる心配までした。


 「どれくらいの間、逗留するんで?」


 宿泊期間か……特にこれと言って考えていないからとりあえずはひと月ということにしておくか。

 懐に手を突っ込んで金貨を三枚差し出した。


 「……久しぶりに見たよ。一か月分だな」


 少女は押し抱くようにそれを受け取ると宿帳にいろいろ書き込んだ。

 

 「食事は下の食堂で好きな時に好きなだけ、あ、別途お金は頂くよ」

 「あぁ、わかった」


 それにしてもどこの宿屋も人数分で宿泊費が発生するのに、ここは部屋で宿泊費が決まるのか……珍しいな。

 そんなことを考えていると部屋の鍵が差し出され


 「これが鍵ね。三階の一番奥の部屋だよ。もうすぐ朝飯時だから荷物を置いて降りてくるといいよ」


 と言われた。

 これでひとまずは、生活の拠点を確保できたな。


 「いい匂いがする」


 言われてみれば、食堂から漂ってくる匂いは焼しめたパンの香りやスープの香りといったいろんな匂いが一体になって食欲を誘う匂いだ。


 「神族って空腹とかあるのか?」


 魔族なんかは普通に食事をとってそこから栄養を摂取していたりするが神族にそんなイメージは無かった。

 そう訊くとユミルは


 「信徒の数がすなわち力、信徒がいない神は、いろいろ飢えてるの」


 と恥ずかしそうに顔を赤らめて言った。

 どういう仕組みでそうなるのか、よくわからないがこの世界を創造した創造神が言うのならそういうものなのだろう。 


 「とりあえず、荷物置いてきて朝飯にしよう」


 話題を変えるようにそう言うと何故か腰に佩いた神滅剣ディオス・リズィが光の粒子となってティリスが姿を現した。


 「私も食べる♪」


 そして上機嫌で目を爛々とさせちた。


 「あら、管理人格もお腹が空くのね」


 これには生み出したユミルも驚いていた。

 俺からすればティリスは、戦場を転々としていたころから寝食を共にしていたから至極当然なことに思えた。


 「管理人格って一応、人って意味を含むんだからね!?眠くもなるしお腹も空くの。でも最前線の食事は、もう勘弁!!」


 ティリスは胸の前でクロスを組んで拒否の意を示した。

 彼女の言う最前線の食事っていうのは、味以前に見た目もよくないのだ。


 「あったな、そんなものも」


 言われると懐かしく感じてしまうのは時が過ぎたからなのだろう。


 「カエルのソテーに得体のしれない魔物の肉、果ては大ナメクジの生食までやったなぁ」


 思い出したものをいくつか口にすると


 「アイヴィス、もうほんとに勘弁……それ以上は言わないでぇぇぇぇぇぇっ」


 ティリスは涙ぐみながら、嗚咽感がこみ上げてきたのか喉元を押さえている。

 特に大ナメクジは、魔法を使って解毒するんだけど加熱すると体の水分量が多いから溶けてしまう。

 それをどうにかして食べようと編み出されたのが生食だったらしく、あれは栄養価は十分なのだが味が如何ともしがたいものだった。


 「ふーん、不便な体ね。作り変えてあげようか?」


 ユミルが悪だくみを思いついた子供のような顔をしてそんなことを言うとさっさと剣の姿に戻って俺の腰に収まった。

 神滅剣ディオス・リズィは、剣の形であるときいかなる魔法も神滅剣ディオス・リズィに対して効力を持たないという特性を持つのだ。

 つまり、剣の形のとき神滅剣ディオス・リズィは外部からの干渉を全て向こうにできる。


 「じゃぁ、引っ込んじゃったティリスは放っておいて私たちだけでもご飯にしよ?」


 ユミルはそう言って俺の手から鍵を取って階段を昇って行ってしまう。


 「ほら行くぞ」


 神滅剣ディオス・リズィに向かってそう言うとぷるぷると震えてティリスが現れる。


 「本当に悪女、ユミルに協力しようって真面目に言ってる?」


 現れたティリスは不機嫌そのものだ。

 

 「どうにも俺は、どこかでじっとしてられない性質たちらしくてな。それにあの言葉の意味がどうにも気になる」


 俺は、忙しくしていないと充足感を得ない性格らしかった。


 「まだ、あの言葉を気にしてるの?」


 怪訝そうな顔をするティリスは言外に、もう面倒ごとに顔を突っ込みたくはないと言っているようだった。

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