始まりの街

百面相

 夜通し歩き通して、東の地平線が色づくころにはリントの街に入った。 

 転移魔法を使って転移するという手も考えないではなかったが、大きな魔力を使う転移魔法は魔力反応が大きく探知されやすい。


 「追手は来てないみたいね」


 ユミルが来た道を振り返る。

 何しろ俺は大魔術師アイヴィスではなく大罪人アイヴィスとして追われる身だ。

 可能な限り目立ちたくは無いし行動には常に細心の注意を払って要らざる衝突は避けたいところだ。


 「この先、検問だな」


 要衝の街には必ず検問があり、そこで身元の確認をされる。

 といっても身分証明書みたいなものがあるわけじゃなくて、ただ単に指名手配されているような悪人ではないか、という見かけのチェックがなされるだけだ。

 心配そうにユミルがこちらを見る。


 「問題はこの顔だな」

 「容姿は、比較的整っているし問題ないと思うけど?」

 「いや、そういう意味じゃなくてだな……」


 そう返すとひらひらと手を振って


 「ちょっとした冗談を言ってみただけ」


 と言ってわずかにはにかんだ。

 何故か手元の神滅剣ディオス・リズィは、抗議を示すかのようにわずかに震えている。


 『なによ、この女!!』


 案の定、ティリスは怒っているようだ。


 『そうかっかするなって』


 念話で語り掛けるもあんまり効果がない。


 「急に黙ってどうしたの?」


 ユミルが俺の顔を覗き込んで、それから腰に携えた神滅剣ディオス・リズィを見て納得したというような顔をした。


 「またこの子が何かしたのね?」

 「まぁ、そんなところだ」


 神滅剣ディオス・リズィの震えはさらに増した。

 

 『あんたまで、そこのクソ女神の味方をするんじゃないでしょうね!?』


 こっちを指さして腰に手を当てて捲し立てるティリスが何となく脳裏に浮かんだ。


 「で、顔はどうするの?」

 

 無論、俺は指名手配の身の上だ、このままの顔で検問を通れるわけがなかった。

 いや、検問にいる聖騎士なり警備兵なりを倒してしまえば通れるには通れるのだがそんな荒い手を使うわけにはいかない。

 俺がまずもって欲しいのは落ち着いて生活をできる場所だ。

 自分から問題を起こすのは愚の骨頂というものだろう。


 「魔法で変えてしまえばいい」

 

 そう答えると何かを考えるようなそぶりを見せてからユミルは、


 「なら私がやる」


 と言って俺が許可をする間もなく詠唱を口にした。


 「百面相エカト・プロソーピア


 眩い光に眼を細めることしばし――――ユミルが感嘆の声を上げた。


 「なかなかいいわね。惚れてしまいそう」


 ユミルは創造を司る女神だ、きっと創造魔法で俺の顔を彼女の思う通りに変えたのだろう。


 『くっ、勝手にアイヴィスの顔をいじくりまわして……でも、私も見たい!!』


 神滅剣ディオス・リズィは勝手に光の粒子となってティリアが現れた。


 「これは……悔しいけどなかなかね」


 俺は自分の顔を確かめるすべを持たないから今の自分の顔がどんな顔なのかが分からない。

 正確には魔法を使えば確認することはできるがその気力はわかなかった。

 まぁ、二人がいいというのならいいのだろう。


 「でも、もう少し眉の角度があった方が好みかも」

 「わかった、百面相エカト・プロソーピア!!」

 

 再び眩い光に包まれて――――――


 「あ、確かにこっちの方がかっこいいかも」

 「ついでに、鼻をもう少し高くしてみてくんない?」

 「わかった、百面相エカト・プロソーピア!!」


 そんな感じでしばらく遊ばれた後――――――いい加減、疲れた俺は


 「そろそろ行かないか?」


 と切り出しユミルとティリスも本来の目的を思い出したのか渋々といった様子で従った。

 検問も指名手配されている大罪人アイヴィスの顔でなかったためか明け方で検問の聖騎士が眠かったためかは分からなかったが、特に何事もなく通過することができリントの街に入ることができた。

 すでに、太陽は地平線からその姿をのぞかせていて立ち並ぶ煙突からはかまどで朝餉を作り始めたからなのかいい匂いと共に煙が登り始めていた。

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