第32話 ある男の最後
032 ある男の最後
高野九十九救国軍事議長は、逮捕された。
現在、某所において、隔離されている。
自ら、憲兵隊に出頭したのである。
だが、憲兵隊は信派の巣窟であったことから、警視庁に身柄を移される。
罪名は国家反逆罪、不敬罪、天皇大権を犯した罪等、様々な罪状が準備された。
そんな中、昭和天皇がひそかに、その場所にやってきたのである。
「恐れ多いことでございます陛下」
「高野よ、さすがに貴様でも今回は許し難い」憮然とした表情の昭和天皇。
「左様ですか」
「無意味に人を殺し過ぎた、豪州では、残虐を極めたと聞く」
豪州戦線で活躍した辻大佐はフロンティア部隊の支援のために、西海岸に上陸。その後戦死したという報告を受けた。敵兵の狙撃を受けヘリから落下して死亡したらしい。
「確かに聞かれたのでしょうか」
「いや、現地での生き残りがないらしい、あくまで推測である」
「そうですか、では私は死刑ということでしょうか」男の顔には、なんの表情も浮かんでいない。
「裁判の後だがな」
「証拠があれば有罪でしょうな」
「貴様というやつは!」
「陛下、何を御立腹されているのでしょう?高野は名誉を重んじる海軍軍人です。判決を受けて、死ぬような真似は致しません」
「そうか」
昭和天皇はうなずいて、部屋を後にした。
「あなたのおじい様とは話が合いましたが、残念なことです、ご苦労の一言もないとは」
男は一人ごちた。
ノブレスオブリージュという言葉が西洋にはある。
「高貴さは(義務を)強制する」ということを意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持(特権を得ること)には義務(自分の命を捨ててもそれを与えてくれたもののために戦う)が伴うことを指すのだが、これはあくまで西洋の言葉である。
顧みてわが日本はどうか?平安の御代のころから、日本の貴族は、『君臨すれども統治せず。』
という形を続けてきたのである。
つまり、なんとなく支配しているが、義務感などはない。
ということなのである。名誉や民のために命を懸けるなどとは、武士こそすれども、貴族はそうではないのである。
それゆえに、現代の御代において起こった悲劇は当然の成り行きなのである。
彼らに、ノブレスオブリージュがないと民衆は非難するが、日本の貴族にそのようなものがそもそもあったことはないのである。
そう考えれば、某宮家の方の行った日本国、民主主義の根本破壊(憲法違反)は理解できるというものである。つまり、特権を使って何が悪いのか!我々は、平安の御代から同じことをしているのだ!ということである。つまり、先例にならった行動ということだ。民衆に寄り添ったなどとは、敗戦後の特異な行動というべき特例であり韜晦行動なのであり、これこそが異常事態であったというべきなのだと。
だが、民主主義国家の体面を取り繕っているこの日本には大変な悲劇というべき事態なのは違いない。話を戻そう。
日本を救った男、本来は、原爆投下阻止だけが、目標だったが、日本に犠牲の少ない方向で終戦させた男は一人、こぎれいな部屋に残された。
貴族の別荘を監獄代わりに使っているからである。窓には、特別に鉄格子をはめてもらっている。勿論、人外のこの男が少し力を発揮すれば、いとも簡単に脱獄できることは、間違いない。
隙間風が吹き抜けるような寂しさがあった。
勿論現実には、そのような風は吹いていないがな。
『死してなお、故国を思うつわものも、九十九の波にのまれて消えん』
それが、辞世の句であったという。
どういう意味なのかは不明である。
実は、それほどの意味はなかったのかもしれない。
一発の銃声が響きわたる。
それは、あの男のいた部屋から響いた。
憲兵隊の兵士と警察官が部屋に突入する。
そこには、頭を撃ちぬいた、男が倒れていた。
「誰か!高野中将が自殺した!」
ゆがんだ顔で天井を見上げる死体から血が流れ出していた。
高野中将自決!
ニュースが日本中に流される。
高野信派の人々が騒乱を興し、新潟県、札幌市、仙台市、東京都などで民衆の一部が暴徒化する。高野企業群の企業城下町なので、信者が多く住んでいたのである。
日本をほぼ無血で勝利に導いた英雄が一身に罪を背負わされ、自決したのである。
地方新聞はこぞって書き立てた。
日本の工業の心臓部、高野企業群が製造ラインを一か月停止すると発表する。
日本人の10人に一人が、喪に服した。
さすがに、これはまずいと考えたのか、昭和天皇は、罪を減じ、功を評し、自決した高野中将を大将に昇格させ元帥に任命すると発表、場を取り繕おうとする。
この措置により、ようよう、暴動が沈静化し始めたのであった。
盛大な国葬が行われる。
妻の、アナスタシア・ロマノバ王女は、「この無責任で、卑怯なこの国の事を決して忘れることはないでしょう。夫がこの国のためにしたことは、全く無駄だったのではないか、強い憤りを感じます、このような輩の住む国が、存在することを大変遺憾に思います」と名指しこそ避けたが、その目が見ている人間はたった一人だった。
この一撃が日露同盟に
日露同盟はその後破棄されることになる。
通称高野艦隊は、その日を境に、帝国艦隊から離脱し、出港する。
ほぼ反乱行為だが、帝国艦隊がそれを止めることができなかった。
彼らは、ウラジオストクへと向かう。
帝国最強の戦闘機部隊や爆撃機部隊も軍務を放棄し、ロシア公国へと亡命する。
高野企業群の大部分は、今大戦で、アボリジニの国となった、オーストラリアへの移動を開始する。アボリジニにとって、オーストラリアは土地であって国ではなかった。ゆえに、適当に住むことを認めたのである。勿論、アドミラル高野に好意的だったからである。
彼らは、戦死したツジの次に、自決したタカノが好きだったのだ。
これらの動きは改めて、あの男の影響力をまざまざと見せつけることになった。
そして、すぐに、国際社会でも大きな事件が起こる。
ニューカレドニア独立戦争が勃発。帝国が掌握していたニューカレドニアで内乱が発生した。
恐るべき速さで、国土を独立派軍が制圧する事態が発生する。
そして、それを成功させた影には、高野親衛隊の姿があった。
真珠湾に本拠地を置く帝国太平洋艦隊に事態収拾が命じられるが、まさかの拒否。
ニューカレドニアには独立派艦隊というかつての高野艦隊が存在していた。そのようなものと戦うことができないと命令拒否してきたのである。
さすがに、太平洋艦隊をしても、通称高野艦隊との決戦には無理があった。
そんなことをすれば、よくても相討ち。そうなれば、米国が再び動き始める可能性があったのである。
それに、いままでにもずっと一緒に戦ってきた仲間を討つなどということは、普通の日本人にはできなかったのである。
・・・・・
それから2年の月日が過ぎた。
ニューカレドニアは独立国として認められた。
ロシア公国が力を貸し、ハワイ王国、オーストラリアや、その他アジア諸国が応援したのである。
そして、それらの国がアジア太平洋連邦を設立する。アジア太平洋連邦には、ニュージーランドと日本だけは加盟できなかった。
旧高野艦隊を中心とする大艦隊は、ハワイの真珠湾を基地として租借する。
帝国艦隊は、本国へと帰還させられる羽目に陥る。
だが、日本本国では、台湾の独立、満州国(これはもとも独立国とされていた)独立など、日本との関係が急激に微妙になりつつあった。沖縄すら琉球王国として独立を目指すことになる。
これらの活動が許容されるはずがなかったが、一つの噂がそれを許す原因になる。
この世界には、長距離爆撃機Tu95が存在していた。
それは、ハワイに駐屯していたり、オーストラリアに居たり、またはロシア公国内にいることもあった。つまり場所を不定期で変えていたのだ。
それには、新型爆弾が搭載されているとのことだった。
つまり、それらの国々を踏みにじる勢力には、Tu95が爆弾を配達するというのだ。
新型爆弾デリバリーシステムが存在するというのだ。
そして、ひそかに
潜水艦隊もニューカレドニア軍に参加していた。
帝国軍人の主な武官も退官していった。
特に、高野の同期やそれに近い者は顕著だった。
これから、栄光ある大日本帝国を作っていく必要があるはずなのにである。
相当数の辞めた人間はまずは豪州を目指し、出国していく。
豪州には、高野企業群が多数の工場を建てはじめていた。
高野グループの総帥は、岩倉が副総帥として、辣腕を振るっていた。
世界最凶の軍需企業であった。
航空機、艦船、武器とあらゆるものが存在した。
それに加えて、レーダー、ロケット、コンピューターである。
家電製品すら開発し始めている。
軍需を民需に転換する勘所が極めて優れていた。
そして、オーストラリアには、資源も豊富にあり、周囲のアジアにも豊富にあったのである。
一方の米国は、いまだ、ドイツ帝国と争っていた。
ようやく東海岸の再建にめどが立ち、これから反撃を開始する準備が整った。
国内のフロンティア部隊は何とか殲滅した。
インディアン国には、攻撃をしなかった。
どこに、核が隠されているか不明だったからである。
それはロシア公国も同じで、ドイツ帝国は、ウラル山脈を越えることはできなかった。
新型爆弾デリバリーはロシア公国にも適用されている。
英国は政治機能をカナダに移していた。ドイツ帝国の侵攻が激しかったからである。
豪州は戦争特需で潤いまくっていた。
パナマ国も潤っていた。
パナマは、独立を認められた。ただし、パナマ運河の通過に関しては、常に受け入れる条件付きだが。その国には、アバレーエフがいた。そして陰から実権を握っていた。
ニューカレドニア国では、高野の息子マキシムが首相となる。
そして、そのまま、アジア連邦の大統領へと選出される。
ニューカレドニアには、新型爆弾が持ち込まれており、それが独立を承認させたのである。
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