第12話 悪い噂

012 悪い噂


統合作戦本部は、大日本帝国の戦争遂行の上で最高意思決定機関である。

その統合作戦本部に不穏な噂が流れていた。


近ごろ、軍の動きがおかしい。

海軍の動きがおかしい。

いや、陸軍が何かやっている様だ。


海軍軍令部総長、山本五十六は、憮然ぶぜんとした表情であった。

一方、関東軍を預かる陸軍参謀総長もあらぬ方をにらんでいた。


海兵団の師団長は心配げな表情だった。


総理大臣の永田も沈痛な表情だった。


少し前までは、皆、米国側の奇襲攻撃、しかも多方面からので大わらわの状態で大変な状態であったのだが、たった一人の男が軍に復帰したとたんに、各方面に落ち着きが戻ったのである。それは、大変結構なことだったのだが・・・。


しかし、今は非常に鬱々うつうつとした表情になっていたのである。


「みなご苦労、ちんは近ごろ妙な噂を聞く、各軍が暴走しているというのである、それは本当の事であるか」と今上陛下は問われる。


誰も答えようとはしない。


「ふむ、では朕からきこう。まずは、関東軍が、決して犯してはならないの状を破り、中華に攻め込んだと聞いている。本当の事であるか?」


「恐れながら、陛下におかれましては、妄言もうげんに惑わされることなきようにお願い申し上げます」と陸軍参謀総長。


「陸軍は、中華帝国の侵攻を抑止するため反撃を行い、撃退し、その折北京まで逆侵攻を行いましたが、それ以降のことについては、関東軍の行いではなく、満州国軍が行っている事でございます。また、同時期に、同盟各国も、中華帝国への侵攻を行っているという事実はございます。」と参謀総長は脂汗を流しながら、説明した。


「ふん、そうであるか、ならば海軍に聞く」

「は」

「ロシア公国海軍の上級士官を虐殺ぎゃくさつしたという噂を朕は聞いた、どうなのか」


「恐れながら、ロシア大公国においては、軍事クーデターが発生し、高野中将がそれを見事に鎮圧しました。現状ロシア大公国は我々の同盟国に戻ったと考えてよろしいかと考えます」と山本軍令部総長も視線を合わせず説明する。


「そうではない、ロシア公国海軍の士官を虐殺したのではという事である」


「は、残念ながら、今回のクーデターに我々が指導してきた公国海軍士官も参加し、大公を誘拐せしめ、かつ我が帝国に武力行使に及ぼうとしておりました、ゆえに、高野中将は、かつての義勇軍艦隊を接収し、クーデターに関与した将校を誅殺ちゅうさつした由にございます」


天皇はぎろりと山本長官をにらみつける。

もちろん、勝手にそのようなことをさせおってと怒りをにじませている。


「では、両方に聞こう、豪州において、残虐行為が行われたのではないかという噂を聞いた。市民が虐殺されたと聞いたが、これは陸海軍が協力して行ったのではないかと言われているが?」


「そのようなことはないと思われます」

「はい、ないと思われます」


「ええい、高野を呼び戻せ、朕が直接問いただす!」

陛下が激怒されたのである。


こうして、豪州攻略中の機動艦隊司令官、高野九十九中将は急遽きゅうきょ本国に呼び戻されることになったのである。


・・・・・


そうして、高野が統合作戦本部へと召喚される。

いつになく、作戦会議室に緊張が走る。


「で、高野中将、本当の所を聞きたい、貴様は、このような噂を聞いたことがあるか?」

陸軍参謀総長が天皇の代わりに問いただす。


「まず、関東軍については、が残虐行為を行ったと聞いております。」

「なぜ、止めなかったのだ?」


「陛下、私は、関東軍の司令官でも無く、満州軍の兵士でもございません」

いつものこの男なら、適当にごまかすような事をいうのだが、今回は様子が違う。


「我々は戦争を行ってまいりましたが、中国に関しては、常に長城より外におり、内部に侵攻することは、決して行いませんでした。今回、帝国の危急存亡ききゅうぞんぼうの時に合わせて、攻めてきたのは、中国であります。我々が攻めた所でなんら攻められるゆえんはないと考えております。」


「そうではない、北京、南京で虐殺が行われたのだぞ、貴様はそれを知っていたのではないのか」と陛下。


「陛下、もし、私がそれを知っていたとして、何故止めねばならないのですか?」


「何!」


「一時の平和を夢見て、我々は休戦条約を発効させました。これで終戦に向かうことを願いました。しかし、現実はこれです。私は、退役し、新しい生活を始めていました、皆さんは何をしていたのですか?」

男の声は冷たいものだった。


「私が何かを行わないと何も良くならなかった、あなた方は、ただ慌てて声を上げていただけではないのですか?」


「もともと、大陸の覇権争いでは大量殺人などよく起こる事なのです。それを起こしたのは、満州軍です。わが国ではありません。彼らは昔、清王朝を打ち立てたときにも同様の事態はいくらでもおこったでしょう。今更何をおっしゃっているのですか?」


「ロシア海軍将校の粛清はどうなのだ?」


「私は、ロシア公国伯爵、今度は侯爵に陞爵する予定ですが、貴族として国のために行った行為でありますれば、大日本帝国の方々に攻められるいわれはございません。ロシア大公を誘拐監禁するなどの愚考は許すわけにいかなったと申し上げておきます」

男の声にはいらだちが含まれていたが、ひどく冷めた口調だった。


「では豪州において民間人を虐殺したという噂は!」


パチリと高野が指を鳴らすと、会議室内の全員の頭の中に、映像が映し出される。

それは、東京大空襲や広島、長崎の原爆のアカシックレコードだった。


「豪州では、先住民族のアボリジニの人々が狩りの獲物となり、ライフルで撃ち殺されていたのをご存じないのですか?」


「豪州は、我らとの約定を違えて、戦うことにした、罰を与える事くらい何か問題があるのですか?」


「しかし、そんなことは、戦争犯罪ではないか!」

「では、空襲で10万人20万人を殺すのは、合法で、街一つの人間数千人を殺すのが戦争犯罪というのは、どのようにして、理解するのですか?戦争に負けても、空襲で殺したことは、訴えてはいけないのですか?何故犯罪ではないのですか?」


にされるのです」高野は強く言い放った。


「貴様らは、負ければ皆犯罪者になると言っているのだろうが!」

ついに男が怒鳴った。


「たとえ何もしていなくても、戦争指導者として裁判にかけられて、A級戦犯として立派に死刑になると教えてやったであろうが!」

怒気が物理的な影響力を発揮し、皆が弾かれたように飛び上がる。


「高野無礼であろう!」

侍従が声を上げるが。

「忙しいさなかに呼び出しおって、なにが無礼だ!私は貴様らの尻ぬぐいをしている最中なのだ、文句があるなら、俺はいつでも辞めてやる!このような事態になったのは貴様らが無能だからではないのか!」


休戦に入るときには、十分に監視と対策をするべく準備をしておくことになっていたのである。


皆が凍り付いていたが「高野貴様何をするつもりだ」と陛下だけが声を出す。


「私一人が嫌、超兵部隊も含めて悪役になりましょう、皆さんは高野に脅されたということにしておけばよろしかろう。すでに通常のやり方で戦争を終わらせることはできないのです。今から、クーデター政権が帝国政府を掌握する」


突如、会議室内に高野親衛隊の武装隊員たちが入ってくる。


「皆さんは、クーデター政権『救国軍事会議』により、逮捕されました」


「陛下には申し訳ないですが、皇居にて蟄居ちっきょしていただきます」


「なんだと!冗談でもやりすぎであろう」


「陛下!残念ながら事態はもう動いているのです」


陸軍、海軍、海兵隊の高官には、高野信派が多数存在する。

親衛隊だけでも師団規模の人員と艦隊に至っては、帝国よりも充実している。


「我が志に賛同できるものだけ来てくれれば良い」

斯くして、帝国の軍事統帥権は、救国軍事会議(高野クーデター政権)が掌握することとなるのであった。





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