階段

 小学生の何年生だったかまでは忘れてしまったが、初めて友達の家に泊まりに行ったときのこと。


 昼頃にはもうそいつの家でゲーム三昧。やさしいお母さんと、美味しいおやつと、夕食。自分の家ではないから、やっぱり緊張はしていたが、だからこそ非現実的な面白みもあって、とても楽しかった。一日だけのお泊りではあったが、明日も明後日も続けばいいと思っていた。しかし、寝る間際に、その友達からこんなことを言われた。


「あのなぁ、タクヤ。夜中に起きても、絶対に一回に降りちゃダメだからな」


 いつもはふざけた調子友達から、やけに真剣に言われた少し驚いた。しかし、私は、軽く「わかったよ」と返事をして、眠りについた。


 友達の家は二階建ての一軒家。二階は寝室になっていて、私と友達は二人でそこに寝かしてもらっていた。


 深夜。いったい何時だったか分からないが、目の覚めた私は尿意をこらえきれずにいた。そのころには、友達から言われていたことなんてすっかり忘れてしまい、暗い中、手さぐりで一階へとつながる階段を探していた。


 夜中で一人、トイレにいくなんて……。しかも、自分の家でもないわけであるから、怖かった。しかし、いくらゆすっても起きない友人を待つわけにもいかず、私は勇気を振り絞って階段を降りていった。


 手すりを掴み、一歩一歩、慎重に降りていく。ギシギシと階段を踏みしめる音だけが響き、心臓の鼓動と呼吸がその音に掻き消された。


 冷たい手すりに指をはわせる。ぐにゃりと曲がりながら階下へと続くそのたよりを確かめながら、私はただひたすら降りていった。ずいぶん長い……。


 すると突然、手に何かがふれた。


 一体それが何かわからなかったが、壁と手すりの間にあったそれの正体はすぐにわかった。わかったと同時に、全身の血の気が引いていく。


 間違いなくそれは、人の頭部だった。丸刈りの頭頂部。ザラリとした感覚と滑らかな円形部の感触……。


 翌朝、長いと思っていた階段が、実はそんなに長いわけではなかったことを知った。そして、指先に感じたアレのことも聞いた。


 友達は深いため息をついたあと、私に教えてくれた。


「実は俺にもよくわかってないんだよ……。でもな、昔、俺が生まれる前に死んだ兄ちゃんがいたそうなんだけど、母さんが言うには、アレが兄ちゃんなんだって……」


 別に怖がらせようなんて考えはなさそうだった。友達も困惑を隠せずにいて、私はそれ以上のことを聞かなかった。それは友達を思って遠慮したのもあるが、同時に、もうこれ以上何も聞きたくないという気持ちでもあった。


 しかし、あれが「死んだ兄」だというの間違いな気がする。


 家族ができて、二階建ての一軒家に住んでいる私は、息子たちにこう言っている。


「夜中、けっして下に降りてくるんじゃないぞ」

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