TELしてみて♡

 仕事が早く終わり、夕方ごろに帰宅途中、電車の中で私は腹痛に襲われた。最寄り駅までこらえようと考えたが、そうもいかない。急遽、最寄り駅より二駅離れたホームに降りた。普段よく通る駅なのだが、今まで一度も下りたことが無かった。


 幸いホーム内にトイレがあり、難を逃れたわけだが、トイレから出ようとしたとき、気になるものを発見した。室内のドアの端に「090-×××××-○○○○ ←TELしてみて♡」と書いてあった。


 私は突然遭遇したその妙な怪しさに少し興奮していた。毎日、同じような日々を送る私にとって、その異様さは成人して十数年たった私の枯れた好奇心を久々に刺激した。


 つまり、私はかけてしまったのだ、その電話番号に。


 そっとスマートフォンに耳を押し当てると、プルルルルル……という着信音が聞こえる。


 はっと顔を上げた。私が感じたのは、本当にかかってしまったという驚きだけではない。同時にトイレの外からキラキラと可愛らしい着信音が聞こえているのだ。


 私は室内から外を透かし見るように目を開いた。そしてそのまま電話切った。


 着信が止む。


 まさか、電話主が近くに? いや、何かの勘違いかもしれない。私はそう思い、願いを込めるように、もう一度電話をかけた。すると、やはりスマホ向こうでは無機質な着信音が鳴り続け、トイレの外ではきらびやかな音色が響いている。


 私は、おそるおそるトイレから出て、着信音のする方向へと歩き出した。室内には誰もおらず、ただ着信音が鳴り響くのみ。好奇心と恐怖心が入り混じった感情の中、それが掃除道具入れの中から鳴っているのに気付いた。


 場の空気を打ち破らんばかりに明るい音色が流れている。私は、ドアに手をかけ、ためらう心を押し殺し、一息に開け放った。


 その後、私は警察から事情聴取を受けることになった。脳裏にはドアを開けた時の光景が何回も過ぎ去っては、また現れる。あとから気付いたことだが、トイレの入り口には行方不明の女子高生の情報を求む張り紙がはられていた。


 私があけたそこには、腐乱した女子高生の死体があった。今にも耳について離れないその音は、彼女の手にしっかり握られていたスマートフォンから鳴っていた。

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