押し入れ

 子供のころ、よく祖父の家に行っていた。私が生まれる前に祖母は亡くなっていたので、祖父としか話した記憶がない。祖父は幼い私に「これで好きなものを買っておいで」と1000円札を渡してくれた。まだ、私が「お金」の意味をよく理解していないぐらいの年頃だ。


 とにかく、私は優しい祖父が好きだった。怒ったところを見たことが無く、いつも穏やかな笑みを浮かべていた好々爺であった。


 ある日のこと。私は、祖父の家の二階に上がり、そこで押入れの中を探検していた。かなり広い押入れで、すぐ手前は薄暗くてもよく見えるが、奥のほうは闇が濃く、それがどこまでも続いているような雰囲気。不気味な感じもしていたが、普段とは異質な空間にわくわくしていた。


 そんな押入れの中で、小物入れを見つけた。木製で、ティッシュ箱ぐらいの大きさ。他に置かれているものと比べてかなり綺麗で、埃が完全に払われていた。私は何の気もなしにそれを開けた。


 中には「耳」が入っていた。


 私は今でもはっきりと覚えている。あれは「耳」だ。人間の「耳」だった。それから、私の足は祖父の家から遠のいていった。


 祖父が死んだのは私が中学にあがったころだ。葬式に私は祖父の棺の中に、押入れで見つけた小物入れがあった。かつて祖父の家での出来事を思い出した私は、葬式の後、父にそのことを話した。


 父は「ああ、あれか」と何気ない口調で語った。


 あの耳は死んだ祖母のものだった。祖父は愛妻家だったそうだ。

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