マンションに帰宅すると、自分の部屋に見知らぬ靴が置いてあった。黒い革靴。サラリーマンが履いてそうな靴だが、私はサラリーマンではなく、女子大生だった。見つけた時はほとほと疲れ切っていて、その靴が一体だれのか確認しようなどとは思わず、ベッドに突っ伏して寝てしまった。


 翌朝、ボサボサの髪の毛とむくんだ顔に嫌悪しながら朝ごはんを済ましていると、あの革靴のことを思い出した。玄関にあったはずの革靴はもう無かった。夢かと思いつつ、いつも通り学校に向かった。


 だが、帰ってきてみると、また黒い革靴が置いてある。きれいに揃えられ、私の目につくように玄関の真ん中に。


 前を向くと、しんと静まり返るいつも通りの部屋。しかし、誰かが私の部屋にいるような気配がじわりじわりと感じられた。


 部屋を飛び出した私は、同じように一人暮らしをしている友人の部屋に駆け込んだ。翌朝になって友人と一緒に部屋に戻ってみると革靴は無かった。


 その日、私は帰ってきたら部屋に入らず、管理人に自分が住んでいる部屋のことを聞いてみた。


「昔あそこで何かあったんですか?その……殺人や自殺があったとか…………」


「いや。そういった事故物件なんかじゃあないよ」


 そっけなく返答する管理人。しかし、私は彼が何か隠しているように感じて、自分の部屋で起こったことを説明しながら、部屋の秘密を問い詰めた。


 管理人は部屋で起こったことを信じようとせず、やれやれといった様子。このままじゃ埒があかない。私は強引に管理人を部屋に連れて行った。


「靴があったら信用するよ」


 面倒くさそうに管理人は言う。そう言われると、突然自信がなくなる。もしかしたら、本当に何もないんじゃないか? もし、何もなかったらちゃんと謝らなくちゃ……。


 ガチャ。っと、ドアが開かれる。


 玄関を見ると、黒い革靴があった。だが、他にも赤いハイヒールや、女児用の小さな可愛らしい靴。下駄やスリッパまで……。


 部屋には誰もいない。誰もいない筈の部屋の奥から私たちに、大勢の視線が投げかけられているような気がした。

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