第127.5話

 ビャクレンことフィリップは寝間着に着替えつつ下女から報告を聞いていた。


「西部の蟲が消えただと……?」

「はい。ファティマ様からはそう聞いております。次の手をどうするべきかと」


 ファティマとの連絡役に使っている下女も蟲である。名前をリリウムと言った。リリウムは黙考するフィリップを前にしながら目を伏せる。


「ファティマは状況をどう読んでいた?」

「東部の蟲に中央の支配権を譲るつもりかと。そのうえで……」

「東部とアシュレイを繋げるということか……ありえるな」


 現状、テオドール・アルベインとアシュレイ・ボードウィンは昵懇の間柄である。表向きテオドールはシュタイナーを名乗っているが、中央の貴族や西部の蟲にとってアルベイン家のテオドールだということは周知の事実だった。


 対外的にアシュレイのバックには西部貴族の陰があると目されている。

 だが、西部の蟲が中央から手を引くことで、アシュレイと西部の結びつきに綻びができたと見る者がいてもおかしくはない。ケルヴィンならば、この機に乗じて暗殺、もしくはテオドールへの襲撃などを考えるだろう。


 東部ならばアシュレイに近づき、篭絡を考えるかもしれない。

 東部とてアシュレイが王位継承争いに参加できるとは思っていないだろうが、いざという時の手札には使える。旗色が変われば、切り捨てればいい。後ろ盾のない平民なのだから。


「東部の影響力が増すのは、我々にとっても芳しくは無いかと……」

「やはり簡単には潰し合ってはくれないか。それにしても、中央での影響力を簡単に捨てるのだな、西部の連中は……」


 報告によれば、蟲が擬態として使っていた商人や酒場などが軒並み閉店しているらしい。唯一の例外はマグダラス商会だけで、こちらの蟲たちもさっさと中央から抜けていっているそうだ。


(テオドール・アルベイン、貴様は何が狙いだ?)


 ビャクレンがフィリップになってから、可能な限りテオドールの情報を集めさせた。テオドールの戦の仕方から生い立ち、様々な情報を集めれば集めるほど、規格外の人間だと突きつけられる。


 軍略の才はある。諜報、経済、民衆の心など、使えるモノは全て使い、効率的に戦を行い、勝ってきていた。十代の少年がだ。ありえない。


 そして、最も厄介なのは、最終的に戦略や策謀で敗北しても、個人の火力で戦術的な勝利をもぎ取るのだ。

 テオドール・アルベインが一人いるだけで、魔術の知識を持たない雑兵は使い物にならなくなる。個人の才で勝負を挑んでも、勇者や転生者など、規格外の者たちさえ斬り伏せる。


 たった一人で万の兵に匹敵する。

 かといって、己の才に慢心することが無い。正直な話、テオドールが一騎駆けするだけで勝敗が決することもある。だが、それをせずに調略で落とせる城は無血で開城させ、可能な限り策謀で勝利を得ようとしていた。同僚の貴族や下位の者たちへも平身低頭で対応し、民には慈悲をもって接し善政を敷く。


 どうして、このような人材をスヴェラートが放出したのか理解に苦しむ。

 そして、そんなデタラメな怪物が自分の敵だということに、呆れてしまう。


「ファティマの策に関しては順調なのか?」

「はい。そちらはうまく進んでおります。さすがは勇者と呼ばれた者かと……」

「あまり信用しすぎるな、と釘は刺しておけ。しょせんは狂信者だ」


 フィリップの手勢は少ない。

 特に諜報活動に長けた人材のほとんどが西部の蟲に始末されてしまったため、どうにか集める必要があった。

 その中に元勇者を名乗る者がいたのだ。

 アウレリア法王国が「魔王」と認定した者へ放たれる暗殺者。それが勇者である。


 これも規格外な人材であり、一騎当千の戦闘兵器となる。とはいえ、フィリップが直に見たところ、まともにやりあえばテオドールには勝てない程度だった。


 まともにやりあえば、だが。


 勇者などと言葉で装飾されようとも、しょせんは暗殺者である。

 騎士道などとは遠いところにいる存在だ。


 それは、元蟲として暗殺を生業にしていたビャクレンにもわかった。だからこそ、強い。


 駒として使えるうちはかなり有用な人材だったが、いつ敵になるかはわかったものではない。だからこそ、信を置くわけにはいかなかった。


「引き続き勇者を使った策は続行だ。西部の蟲の動きが読み切れない部分がある。下手に手を出せば、ケガではすまんだろうな」

「東部の蟲は?」

「一番厄介なのは東部とアシュレイ、テオドールが結ぶことだ。これは確実に潰しておきたい。蟲の主家に働きかけるしかないか……」


 これ以上、東部の貴族に利権を与えるのは避けたかった。とはいえ、利に聡い連中だ。


(妻を東部の公爵家から娶るか? いや、ケルヴィンが邪魔をしてくるだろうな……)


 フィリップはリリウムの手を取り、そのまま寝台に押し倒した。リリウムは何も言わずにフィリップを見上げてくる。


(いや、むしろ……確実にテオドール・アルベインの首を取るならば……)


 リリウムに覆いかぶさりながら、その首筋にキスをする。


(もし、あの者との婚姻ならば、ケルヴィンも文句は言わんだろうな。まあ、周りの者たちがうるさいだろうが……)


 西部は蛮族の地という意識が未だに強い。王家で妻をめとるならば、中央貴族か、東部の公爵家、もしくは友好国の王家の者となる。


(アンジェリカ・フロンティヌス……テオドール・アルベインのお下がりというのも面白くないが……いや、むしろ燃えるな……)


 フィリップはテオドールのことばかり考えながら、リリウムとの情事を始めた。


(お前の本妻を俺が奪う。どんな顔をするのだろうな……)


 気持ちが高ぶってくる。その全てをフィリップはリリウムにぶつけるのだった。

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