第126話

 朝起きたら、キャシーに「リュカ様がお呼びです」と言われた。テオドールはキャシーから着替えを受け取り、寝間着からシャツとズボンに着替えると、リュカの部屋へと向かった。


 ノックをし、部屋に入ると室内のテーブルに朝食を並べているのが見えた。


「ご一緒にどうですか?」


 と誘われたので「ありがとう」と言って、向かいに座る。侍従のメイドが持ってきた紅茶を飲み、パンを千切って口に運んでいく。


「で、話ってなんだ?」

「テオ様、アルベインの名前を使ってますか?」

「いや、シュタイナーで通してるぞ。まあ、バレてる奴らにはバレてるとは思うけど……」

「実は東部の蟲の件で……」


 とリュカは訥々と話し始める。

 話を要約すると、リュカはテオドールの命令どおり、東部の蟲と裏で手を結び、互いに中央での勢力を伸ばそうとしていた。だが、そもそも東部との交渉が始まらないのだ。


 どの経路から接触を試みても、敵意のある返ししかなく、交戦の構えを解いてくれない。しかたがないので、何人か東部の蟲を捕らえ、尋問したところ、西部のほうから宣戦布告してきたと言うのだ。


「テオドール・アルベインが東部に喧嘩を売ったってことか?」

「はい」

「俺はそんなことしてないぞ」

「知っています」


 テオドールは紅茶を啜りながら黙考する。しばらく黙り込んだところでため息をついた。


「誰が画策しているのかは知らないが、フロンティヌス家の介入を招こうとしてるな」


 スヴェラートのテオドール嫌いは有名だ。これを利用することで、テオドールの動きを制限することができる。


「ですが、誰が……?」

「スヴェラート様が中央にゴチャゴチャ働きかけ、俺が中央からいなくなって得をする人間。まあ、第一王子、第二王子派閥の誰かだろう?」


 あくまで王位継承でアシュレイが関わってくるということが前提の判断だ。


「ただ、引っかかるのは俺とアシュレイの繋がりはそれほど表立ってはいないところにある。たしかに半年ほど一緒にダンジョンにいて、仲良く転生者を討伐したが……」


 仲良くという言葉を聞いて、リュカの表情が一瞬だけ固くなったが、気づかないフリでスルーした。


「だからと言って、俺がアシュレイ派閥に入ったとまではわからないはずだ。そういうところまで頭が回るとしたら、アシュレイを暗殺しようとした連中だな。まあ、性格からして第二王子だとは思うが……」

「なにか引っかかるのですか?」

「暗殺なんていう短絡的な行為をする人間が、搦め手から攻めてくるというのが、どうにもな……まあ、派閥で重用する人間が変わったのかもしれないが……」


 問題はこちらの次の一手だ。

 受けに回っているのが、どうにも面白くない。


「普通に考えれば、東部との間に生じている誤解を解くために動くだろうな、俺は」

「それで解決するとは思えませんが……」

「だとすれば、東部の蟲と全面戦争だな。俺が入れば、おそらく勝てる」

「たしかに楽ではありますね……」

「まあ、おそらくそこまで読んでるだろう。今あげた二つの方針は、既に手を打たれてると見ていい。特に全面戦争なんてした日には、俺が中央にいると東部と西部に喧伝する結果になる。最悪、全ての勢力を敵に回しかねない。話し合いも同様だ。俺が直接、テオドール・アルベインだと名乗った上で、誤解を解かないといけない。それでバレる」

「では、どうしますか?」

「敵の嫌がることをする。西部の蟲を中央から全て撤退させろ」

「え!?」

「当然、他国への防諜からも手を引く。早い話、モルガリンテ獣王国やアウレリア法王国の蟲を中央に招き入れてやればいい」


 ある種の売国奴的行動ではあるが、今はそれでいい。

 テオドールがその気になれば、蟲を全滅させることなどわけが無いのだ。ただ、あまりに殺伐としているし、恨みを買うため、大義名分が無ければしない。


 だから、大義名分を作るには外患を誘致してしまえばいい。


「東部と中央と敵国の蟲どもで諜報戦をやらせておけ。おそらく、モルガリンテとアウレリアは西部と中央の関係を断つ離間策をかましてくる。うまくやれば、モルガリンテとアウレリアをアシュレイのバックにつけることだって可能だ。アシュレイを傀儡にできると思わせる必要はあるが……」


 リュカは目を見開きながらテオドールを見ていた。

 さすがに引いているのだろう。あれだけ殺し合って敵対していた連中さえ、利用し、仲間にすると言うのだから。


「まあ、中央が暗闘でグチャグチャになれば、政情不安を煽れるしな。アシュレイを立たせやすい。変化や改革には混乱と不安が必要不可欠だ。俺たちの敵は今の安穏として貴族にとって都合のいい平和を望んでいるわけで、それをこちらは叩き壊す」

「被害は?」

「まあ、出るだろうな。だが、アシュレイが王になるという状況は、ほぼ革命だ。無血で王位につけるほど甘いモノじゃない。血は流れるよ、民にも貴族にも」

「……本人は理解しているでしょうか?」

「理解はしているだろうさ。覚悟が決まっているかどうかまでは、まだ微妙だとは思うが……」


 そこまで言ってからテオドールはため息をついた。


「君は止めないのか? リュカ」

「止めてほしいのですか?」

「まあな……いいか悪いかで言うと、たくさん血の流れる方法だからな……とはいえ、時間をかけると、こちらは負ける可能性が高い」

「どうしてですか?」

「西部だよ。順当にいけば、そろそろ二か国との戦線が崩壊しはじめる」


 フレドリクとグスタフががんばっているようだが、旗色は悪そうだった。


「西部が崩れれば中央から西部への派兵が決まる。戦時では他国への不安や敵意で国内がまとまりやすいし、王子たちも戦場に出るだろう。手柄をあげられてみろ。英雄扱いでアシュレイが入り込む余地がなくなる」

「負ける可能性もあるのでは?」

「どちらか死んでも、片方が残ってれば、同情されたり期待されたりで信任を受けやすい。戦争ってのは、わかりやすい英雄を作りやすいからな。アシュレイにカズヒコ討伐の手柄を与えたのと同じ理屈だ。それに戦時ともなれば、強い王が求められる。最悪、アシュレイが女だってバレたら、もうそれだけでアウトだ」


 そこまで言ってからパンを千切った。


「どのみち、アシュレイを王にするには、とっとと政情不安を起こして、民を扇動、蜂起させる必要があるんだ。だから、今回の敵の行動を利用して、いろいろ加速させればいい」

「テオ様……」

「なに?」

「なにか嫌なことでもありましたか?」

「べ、別に……」

「テオ様らしくないヤケっぱちな策に思えたので……」

「べ、別に男友達に引かれてぼっちになったから、全部ぶっ壊れちまえって思ったわけじゃないし!!」


 リュカがため息をついた。


「テオ様、私がいます。テオ様が望むなら男装だって……」

「俺は男友達が欲しいんだよ!! リュカは俺の妻で家臣だろ!! 妻は妻、家臣は家臣のままでいいんだよ!! 俺も年毎の男友達と猥談とかしたいんだよ!!」

「テオ様の猥談でしたらお相手しますが?」

「それは普通に嫌だろ!!」


 男同士の下卑た話を妻にはしたくない。


「ま、まあ、たしかに君の言うとおり、ヤケな考え方をしてたけど、手段を選んでたら勝てないぞ?」

「最終的にはテオ様にお任せしますが、私は民草への慈愛を忘れなかったテオ様のほうが好きです」

「別に優しくはなかったよ。そういう風に見えたのは、そっちのほうが統治する上で合理的だったからだ。ぶっちゃけ、俺は平民は嫌いだ。あいつら、何かっていうと文句ばかり言って蜂起しようとしてたし……」

「では、貴族のほうがお好きですか?」

「いや、貴族はもっと嫌いだよ。関わりたくない」


 リュカは苦笑を浮かべながらテオドールを見ていた。テオドールは決まり悪そうに紅茶を飲む。


「ま、外患を引き込むかは置いておくとして、東部の件はどうにかしないとな」

「他に策はございますか?」

「一個だけある」


 リュカが小首を傾げた。


「俺が東部の有力貴族と婚姻関係を結ぶ。うまいことやれば、いろいろ問題が解決する」


 すぐさまリュカに「ダメです」と叱られたので「ですよねー」と言って視線を逸らすことしかできないテオドールだった。

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