第125話

 テーブルの上には小さなコップが置かれており、その中には水のように透明な蒸留酒が注がれていた。火炎酒と呼ばれる火のつく酒だ。

 あるカテゴリー内だけのしりとりゲームである七神柱ゲームと呼ばれるゲームで負けた者が、この酒を一気に飲まねばならないらしい。


「ちゃんテオ、罰ゲーム!! うぇーーーーーい!!」


「うぇーーーーーい!!」


 周囲の男女入り乱れた若者が「うぇーーーい」と叫び、テオドールも「うぇーい」と返しながら火焔酒を飲み干す。喉を焼くような酒精にうめきながら、コップを逆さにして飲み干したことをアピール。そのまま緑色のラリムと呼ばれるフルーツをかじり、塩を舐める。


「うぇーーーーーーーい!!」


 これが一連の流れだ。


「ちゃんテオ、いいじゃーん」

「うぇーーーい!!」


 ここ最近、会話で使う単語の五割が「うぇーい」である。中央の若者のコミュニケーションスキルはすごい。「うぇーい」だけで、会話が成り立つのだ。だが、テオドールも慣れるまで苦労した。疑問形の「うぇーい」から「いけてんじゃん」の「うぇーい」の違いがわからず大変だった。最近になって「うぇーい」の語尾の上げ下げと表情、そして状況によって十以上の意味を自由自在に操れるようになった。


 ベオウルフたちの日常はテオドールにとって初めて触れるようなものばかりだった。まず、酒場と言えば、冒険者の集まる場所だとばかり思っていたが、平民の若者も、こうして酒場に集まるらしい。


 そして、平民用の酒場は冒険者の酒場と違って、シャレている。酒の種類も豊富であり、フルーツの果汁を混ぜて飲みやすいものまであるのだ。更には店お抱えの吟遊詩人や演奏家たちが「バイブス」の「アガる」音楽を演奏し続けている。


 ベオウルフたちは、時に酒場で呑み、時に街で平民の女性に声をかけ、時に競馬や拳闘で金を賭け、更に時々、街で喧嘩なんかもしていた。


(これが青春というものか……)


 楽しかった。

 テオドール自身、なにが楽しいのかよくわからないし、客観的に己を俯瞰して見た時「うわ、マジで無駄な時間」と思わないでもない。だが、そんな武将や貴族、騎士としての小利口な思考など埒外に置いてしまえば、意味なく無軌道に騒ぐのは心地よかった。


 そんな具合に連日乱痴気騒ぎを繰り返しているとはいえ、テオドール自身、そのことを家には持ち帰らなかった。アルコールは解毒魔術で分解できるし、賭け事もリュカやレイチェルから渡される「おこづかい」の範囲で楽しんでいた。そもそも、領地経営の際、利殖で大金を動かしていたので、全て端した金に思えてしまう。


 それでも一喜一憂しているベオウルフたちを見ているのは楽しかったし、その感情に自分が乗っかっている時は「これが友情か」と心が躍ったものだ。


 そんな風に今日も今日とて行きつけの飲み屋の決まった場所でナンパした町娘たちと騒いでいたら、ズカズカとスキンヘッドで筋骨隆々とした男が近づいてきた。

 その威圧感から、ベオウルフたちが声を落とした。


「てめぇら、最近、跳ねまわってるみてぇだな」


 ソファーに座りながらテーブルの上に足を置いてくる。

 こんなのテーブルをひっくり返して、そのまま態勢を崩した男を蹴り飛ばせばいい。などと思ったが、しない。酔った振りをしながら解毒魔術でアルコールを消し飛ばした。


「ここ誰のシマだと思ってんだ? ああ!?」

「すんません……」


 男のツレみたいなモヒカン頭の男がベオウルフの頭をつかむ。

 次の瞬間、テオドールは動いた。


 テーブルを蹴り上げ、その勢いのまま椅子に座った男が背中から倒れる。跳ね上がったテーブルを空中で蹴り飛ばし、モヒカン頭にブチあてた。そのまま倒れたスキンヘッドの顔を蹴飛ばし、ひるんだモヒカン頭をつかみ、肩の関節を外しながら投げ飛ばした。


「ひぎゃっ!!」


 モヒカン頭は肩を押さえながら這うように逃げていく。スキンヘッドは顔を蹴られて失神したようで、小便をもらしていた汚いのでそのまま引きずり酒場の外へと投げ飛ばす。


 友のためならば手段を選ばないことこそ友情である。

 友が殴られたら百倍にして返すべし。それが西部における友情表現だ。


 テオドールは両手をあげながら仲間の元へと戻り、叫ぶ。


「うぇーーーーーーーーーい!!」


 勝利の雄たけび。

 皆も乗ってくるかと思いきや、シンと静まり返っていた。


「あれ?」


 ベオウルフを含め、これまで友人を見る目だった眼光には恐怖の色が乗っている。


「うぇ……うぇーーい……」


 もっとバイブスあげようぜ、のうぇーいを入れてみたが、場の空気は凍ったままだ。そんな中、ベオウルフが口を開く。


「いや、その……やりすぎじゃね?」

「うぇい?」


 ベオウルフに続いて、他の仲間たちも次々と口を開いた。


「ひくわ……」

「うぇ?」

「話し合いですみそうだったじゃん」

「い?」

「今日は解散にしないか?」

「あ、はい」


 この日、テオドールはレイチェルの胸の中で泣いた。「俺のバカぁぁっ!」とか「俺の蛮族ぅっ!」「暴力が染みついちゃってるんだよぉぉっ!!」とギャン泣きした。


 そんなテオドールをレイチェルはいつものように優しく抱きしめ、慰めてくれるのだった。


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