第124話

 ここ数日、リュカは忙殺されていた。

 主に東部との暗闘と、中央貴族に関する情報活動である。更には父を介して西部の情報も集め、精査しなければならなかった。


 裸の情報のままテオドールにあげても良かったのだが、主君の代わりにできることをするのが忠臣の務めである。自分ではできないこと、決定してはならないことのみ、テオドールに裁可をもらう。


 そのため、忙しすぎた。

 それでも、日替わりでテオドールとの同衾の際、公私を混ぜ合わせた雑談をするだけで、リュカの心は満たされるのだ。


 いや、今まではそうだった。


 だが、ここ最近、どうにもテオドールの様子がおかしい。リュカの報告を話半分で聞いている節があり、睦言を交わしながらのじゃれ合いもおざなりなのだ。


(まさか、嫌われるようなことをしてしまったのでしょうか? それとも、私が家臣として至らないから……)


 と、思考は袋小路に陥り、尚一層、リュカを仕事へと邁進させる結果となった。そんな折、リュカはレイチェルに呼び出されたのだ。


 リュカはレイチェルの邸宅を訪れた。通された客間には、なぜかアシュレイもいる。


(どうしてアシュレイが……)


 リュカはアシュレイを嫌っていた。

 単純な嫉妬だというのはわかっている。だが、ダンジョンで半年も間、テオドールの右腕となって働いてきたというのが認めたくない事実だった。

 リーズレットはいい。リーズレットの政務能力は、リュカでは勝てない。素直に負けを認められるからこそ、尊重もできる。


 だが、アシュレイにできることなら自分にだってできる。

 そのうえ、美少年だと目されていたアシュレイは、ひるがえって絶世の美少女なのだ。これで髪を伸ばして、化粧を覚えれば、国一つ傾けるような美女になるだろう。


 とはいえ、である。


 気に入らないし、敵愾心を抱いているとはいえ、テオドールが尊重している友人なのだから、粗末に扱うわけにもいかない。表面上は友好的に振る舞う必要があった。


 家臣同士の争いで主君を悩ますなど、あってはならないことなのだ。


「久しぶりですね、アシュレイ。なぜ、レイ様に呼ばれたかご存知ですか?」

「いや、僕もパフィーさんに呼ばれただけで内容までは聞いてないんだ」

「そうですか……」


 必要最低限の雑談は振った。これ以上は、こちらから話を振る義務は無い。

 そのままリュカは椅子に腰かけ、侍従のメイドが運んできた茶を口にする。鼻を優しく撫でるような香り。東部の高級茶葉だ。


「あのさ、リュカ……」

「なんでしょうか?」

「最近、テオ、変じゃないかな?」


 一瞬、自分はテオドールの全てを知っているというマウンティングか? と思ったが、子犬のようにこちらを窺う視線から察するに、そういう意図は無さそうだ。この顔で、そんな意図があるのなら、むしろ大物だと言えよう。


「……少々、お疲れのような気はしますが」


 ぞんざいに扱われている、とはアシュレイにだけは言えない。家臣として最も丁重に扱われているのは自分だという、この矜持だけは傷つけられたくなかった。


「疲れているというか、その……」


 アシュレイがなにか言おうとしたところでレイチェルが入室してきた。


「申し訳ございません。お呼び立てしたのに、お待たせしてしまって」


 リュカは立ち上がり、目礼する。


「とんでもありません。紅茶を楽しませてもらいました。これ、東部のモノですよね?」

「ええ。お父様も茶葉だけは東部に負けるとおっしゃっておりまして」

「とてもいい香りでした」


 リュカはレイチェルのことが好きだ。

 女性としてレイチェルに勝てるとは思わないし、貴族令嬢として隙が無い。リーズレットも淑女として気品のある人だが、人柄の柔らかさという点においてレイチェルには負けてしまう。


 リュカですら、その包容力に甘えてしまいたくなるし、実際、西部にいた頃は姉のように慕っていた。


 テオドールの本妻となるのはレイチェルしかいないだろうとリュカは思っているし、側室としてレイチェルなら支えていきたいと思える。


「それで、どうして僕とリュカが?」


 アシュレイの問いかけにレイチェルは困ったように肩をすくめた。


「テオ様の件で少々……」

「なにかあったのですか?」


 リュカの問いにレイチェルは眉間に皺を作った。


「最近、心ここにあらず、という様子でして……」

「レイ様もそう思われたのですか?」

「リュカ様も?」


 こくりとうなずく。


「私も中央貴族の社交で忙しく、学園のほうには顔を出せていないのです。リュカ様もですか?」

「はい。学園でのことを知ってるのはアシュレイだけかと」


 二人はそろってアシュレイを見た。


「あ~……僕も同じクラスじゃないから、よくわからないんだけど……」

「先ほど、テオ様が変だとおっしゃってましたよね?」

「変と言うか……ほら、西部騎士道クラブがあるだろ?」


 アシュレイを含めた下級貴族によるクラブだ。西部騎士道を伝え、心身を鍛えることを旨としている集団であり、学園では「やべぇ奴ら」のレッテルを貼られていた。実際、アシュレイだけではなくベアルネーズたちも、今では中級冒険者程度の実力を持っている。


「基本、放課後に特訓があるんだよ。以前はテオがいろいろ教えてくれてたんだけど、ここ最近はさ、自主練だとか言って放っておかれることが多いんだよね……」

「面倒見のいいテオ様にしては珍しいですね。リュカ様、なにか知ってますか?」

「いえ、テオ様に頼むような雑務は特に……」

「ベアルネーズが言うには、最近、その、なんかよくない連中とつるんでるって……」

「良くない連中と言うのは?」

「平民の不良連中。街で女の子を引っ掛けたり、軽い強盗とかするような連中だって噂で……いや、噂だから本当かどうかは知らないけど……」


 リュカはため息をついた。


「その程度のことでしたら問題ありませんね」


 リュカの言葉にレイチェルも賛同する。


「そうですね。おそらく物珍しいからフラフラとついていってしまっているのでしょう」


「え!? いいの? なんか変な道に……」

「あの方が逸れると思いますか?」


 リュカの問いかけに「うん、まあ、無いか……」とアシュレイもうなずく。


 ともすれば戦場において非道な行為はよく起きるし、テオドール自身、必要とあれば、それを命じてきた。平民の不良連中がやる悪行など、テオドールやリュカにとって児戯にも等しい。


「でも、ナンパとかしてるって……」

「それこそ心配することではありませんよ」


 と言ってリュカは続ける。


「平民にレイ様よりも美しい方がいると思いますか? 美貌だけで言えば、あなただって相当なものでしょう?」

「え? いや、僕はともかく……たしかにレイチェルはとても美人だと思います。リュカも……」

「褒めていただきありがとうございます。そうですね。テオ様が見初められた相手でしたら、私は受け入れます。相手の方が遊びでなければですが……」

「テオが遊びっていう可能性は無いんだ……?」

「そこまで女性に対して器用な方ではありませんよ」


 レイチェルの言うとおりだ。仮に手を出した場合、テオドールは最後まで責任を取ろうとするだろう。実際、キャシーの件があった。

 もっと言うと、妻としての意識の高いリュカとレイチェル以上にテオドールを包める女性がいるとは思えない。仮にいるとしたら、それはそれでいろいろ学べばいいだけだった。


「放っておけば、そのうち飽きて戻ってくるでしょう」


リュカの言葉にレイチェルも苦笑を浮かべながら「そうですね」とうなずいた。


「二人とも、テオのこと、心底信頼してるんだね……」

「つきあいが長いので」


 レイチェルの言葉にリュカは「仮に裏切られたとしても忠誠は貫きますよ。ですので、しょせんは些事です」としれっと言っておく。


 アシュレイとは覚悟が違うのだ、という軽いマウンティングだった。

 だが、アシュレイは感心したように「二人はすごいな」と苦笑を浮かべる。


「僕ももっとどっしりと構えるよ」

「ですが、一番探りを入れらるのはあなたです。念のため、潜り込めるなら潜っておいてください」

「え?」

「最悪を想定するべきです。そのご友人がただの平民ならいいのですが、蟲の可能性もあります」

「いや、でも、テオなら大丈夫じゃない?」

「相手が女の蟲なら大丈夫でしょう。ですが、男の蟲の場合は……」


 リュカの言葉に「それは危ないですね」とレイチェルも続く。


「え? どういうこと? あんなに強いんだから、戦って勝てるだろ?」

「戦うという状況になれば勝てるでしょうが、その前に篭絡される可能性があります」

「どうして!?」


「テオ様、友達が少ないので、親友アピールしてくる殿方にすこぶる弱いんですよ」


 レイチェルは苦笑を浮かべながら「そういうところがかわいんですけどね」とフォローを入れていた。


 そんな言葉を聞いてアシュレイは「たしかに」とうなずくあたり、テオドールはぼっちだという認識は拡がっているのだろう。


「一応、気を付けて見ておくよ」


 アシュレイの言葉に「おねがいします」と妻二人はそろって頭をさげた。

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