第122.5話

 男は酔った浮浪者の振りをしながら、夕闇の大通りを睥睨していた。

 男の名前はシガレド。蟲である。


 東部のとある公爵家に存在する黒鳥ブラックスワンと呼ばれる諜報組織。その規模は西部の蛮族たちには負けるが、中央の諜報機関にも勝るとも劣らなかった。


(今日のところは五人か……)


 シガレドは看破の特殊天慶ユニークスキルを持っていた。自分より低レベルの者ならば、そのステータスを盗み見ることができる。このスキルがあれば、西部の蟲を見抜くことなど造作はなかった。


 さすがにステータスに記される職業に『蟲』などとは記載されないが、その職業とレベルや所持スキルに違和感があれば、どれだけ外見を取り繕ったところで見抜けてしまう。


 今日も蟲らしき者を五人みつけ、それは他の尾行専門の者に情報を渡している。

 蟲は正業に就き、その地に根差し、時間をかけて情報を集めるものだ。


 当然、常に仲間が傍にいるわけではない。


 一人の時を狙い。確実に勝てる者で仕留める。看破のスキルがあれば、レベルも所持スキルもわかっているため、相手を上回る最低限の戦力を把握できる。

 それが強い。


 看破のスキルはこれ以上ないくらい諜報活動に使えるものだろう。


 不意に目の前を青年が歩いていった。看破のスキルを使った瞬間、目に激痛が奔った。


「ぐああああっ!」


 必死になって目を押さえる。


(なんだ、今の感覚は!?)


 ステータスが読めないのはいい。

 シガレドのレベルは249だ。決して高くはないが低くもない。

 だから、腕のある冒険者のレベルを見抜けないことはザラにある。


 だが、今回は何かが違った。目の奥が焼き切れる感覚。見てはいけない何かに触れたような、そんな違和感。


「どうしましたか?」


 目を押さえながらうずくまる男に青年が声をかけてくる。見てはいけない。次、見てしまったら、目が壊れる。そんな気配に震えながら「な、なんでもねぇ」と丸くなる。


「なんでもないことはないでしょう?」


 青年がしゃがみこんできたのが気配でわかる。


「なにを見ようとしたんだ?」


 バレている。と思った。

 こちらが特殊天慶ユニークスキルで情報を見ようとしたことを見抜かれている。思考が高速で回転する。どう取り繕うべきか考えた瞬間、頭をつかまれた。


「知りたいなら教えてやる。俺の名前はテオドール・アルベイン」


 その名前は聞いたことがある。

 西部で有名な少年貴族の名前だ。


「貴様は東部の蟲だな?」

「ち、ちが……」


 次の瞬間、目の奥で火花が散った。遅れて、焼け付くような痛みに両目を押さえる。


「騒ぐなよ。ここで死んだら、なんのための伝令役かわからん」


 穏やかな口調に乗った殺気にシガレドは激痛も忘れて息をのんだ。


「貴様の目は焼いた。人を盗み見しようとしたのだ。当然だよな?」


 なにを考えているのかわからない。

 返答を誤れば、次の瞬間、殺されるということだけはシガレドにもわかった。


「仲間に伝えろ。中央は西部のものだ。喧嘩を売るなら買ってやる。全力で来い」


 男の言葉を何度も頭の中で咀嚼する。


「わかったな? 伝えろよ」

「は、はいっ!」


 目が潰れてしまっても怪物というものは気配でわかるものだ。

 シガレドは青年の気配が消えるまで、その場で震えることしかできなかった。しばらくしてから、自分が失禁していることに気づいた。

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