第122話
事前の西部貴族の圧力もあったため、取り調べは穏当に進められた。
アシュレイはカズヒコが持っていた神剣をカズヒコ討伐の証拠として見せ、それが本物だと認められたのだ。
その後、解放されたテオドールとアシュレイは、そのままアシュレイが住んでいた長屋へと向かった。一般的な平民の住む区画で、半裸の子供が駆けまわり、市場でも無いのに屋台などを開き、昼間から酒を飲んでる老人が声をあげて笑っていた。
生き物のいろんなものの混ざった饐えた臭いが、通りに充満している。そんな喧噪の中、道行く人々はアシュレイに声をかける。誰もが「無事だったのか?」とか「お袋さんは残念だったな」などと、アシュレイを慮る言葉を投げてきた。
その一つ一つにアシュレイは応えながら歩いていく。特に女性からかけられる声が多かった。
アシュレイの家は小さな平屋の建物だった。簡易的な魔術式の鍵らしく、アシュレイが手を添えるとカチリと鍵が開いた。
「片づいてるといいんだけど……」
苦笑を浮かべながらテオドールも家にあがった。
とてもじゃないが、片づいている部屋ではなかった。荒らされている、というわけではなく、荒れている、と思った。荒廃した生活を物語るように空いた酒瓶などが転がっている。
小窓は閉じているため、室内は全体的に薄暗い。
奥の扉から先にもう一室あるようだ。おそらく寝室だろう。
アシュレイの母親が荒れているのは知っていた。
実際、見たことは無いが、きっと今、アシュレイがしているように掃除をする毎日だったのだろう。テオドールも「手伝うよ」と言って、ゴミを片づけていった。
ある程度片づいたところで、テオドールは椅子に座った。
「お袋さんの葬儀は?」
「……どうだろう? なにも聞いてないや」
苦笑を浮かべながら、アシュレイもテーブルを挟んだ向かいの椅子に座る。
「いつも、母さんがそっちに座ってたんだ。昔はよく笑ってたけど、いろいろあってからは愚痴に恨み言ばかりでさ……」
「そうか……それは辛かったんだな……」
「うん、辛かったよ。いろいろと……でも、僕はそう思わないようにしてた」
ため息をつきながら、小窓のほうへと視線を向ける。
「母さんはさ、家ではアレだったけど、外面は良かったんだ。人の目があると、昔の女優だった頃の母さんに戻る。だから、みんなに好かれてた。酔っぱらって道端で眠ったりしても、誰かが運んでくれて……」
それから訥々とアシュレイは母とのことについて語った。テオドールは静かにその話を聞くことしかできなかった。
「一人になっちゃったな……」
ポツリとつぶやく。
「アシュレイ、神剣があるから大丈夫だとは思うが、これから君は命を狙われる立場になった。もし、君が良ければ……」
「まだ、世話になるつもりは無いよ。僕の味方は、ここの人たちだ」
言ってから肩をすくめる。
「敵が雲の上の人たちなら、僕は地べたを這いつくばってるほうがいい。そうなんだろ?」
「……そうだな。今の君に必要なのは、平民たちからの人気だ」
「僕はどうしたらいい?」
「変わらないさ。学生らしく学園に通えばいい」
「……そうか、僕らは学生だったんだね。なんか、忘れちゃってたよ」
「神剣の取り扱いには気をつけろ。常に持ってろ。それを盗まれると、いろいろと面倒だ」
「そうだね。これ、誰にだって使えるし……」
言いながら剣を抜いた。
「テオ、僕、がんばるよ」
「ああ、俺もがんばる」
「がんばって勉強もする。武術も魔術も学ぶ。母さんに誓う」
その言葉と同時にアシュレイの目から涙が一滴零れおちた。
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