第121話
ヴェーラ神柱ダンジョンから出たら、いろいろ大騒ぎになった。
リュカの事前工作により、王家が隠していたカズヒコの蜂起は民衆にも知れ渡っており、動こうとしない王家に不満は溜まっていた。
そこに民から人気があり、死んだと思われていた廃王子であるアシュレイが、問題の大元であるカズヒコを討伐し、ダンジョンから出てきたと言うのだ。
ダンジョンから出た瞬間、周囲には民衆が集まっていた。
英雄を一目見ようと集まってきたのだろう。当然、これもリュカの配下である蟲が扇動したことで起きたことだ。
土砂降りのような歓声にアシュレイも面食らっていた。いつの間にか集まっていた民衆に騎士団や冒険者ギルドの面々も対応に苦慮しつつ、一定以上は近づかないように警告していた。
そんな中、事前に事情聴取の旨を伝えてきていた王国中央騎士団の者たちが近づいてくる。煌びやかな軍服を着た赤毛の男は、眉間に皺のあとがうっすら残っていた。年の頃は四十代だろう。不機嫌そうな顔で舐め回すような視線をテオドールたちに向けてきた。
「貴様がアシュレイ・ボードウィンか?」
「はい」
アシュレイが貴族流の挨拶で返す。男は短く鼻を鳴らし「ついてこい」と言った。
「仲間の者も一緒でかまいませんか? 一人でいいのですが……」
「一人? まとめてに決まっているだろう?」
ぞんざいな言い方だな、と思ったがテオドールは黙っていた。だが、黙っていられないのが西部騎士である。
「中央の騎士は満足な名乗りもできないのか?」
ヒルデが鼻で笑い、その横でパフィーはプッと噴き出した。
「わふ? どこに騎士がぁ? 礼儀作法も知らん雑兵を騎士と呼んでは、正式な騎士に失礼だわん」
「パフィー、ヒルデ……」
カーマがため息をつきつつ諫めはするが二人はニヤニヤと煽るような視線を男へと向けていた。この二人のチンピラマインドには、ほとほと困ったものだ。
「たかが冒険者風情が、私を愚弄するか!?」
「二歳児にもわかる礼儀を説いただけだぞ?」
「これでバカにされたと思うなら、二歳児から学びなおしたほうがいいんんじゃないわふかぁ?」
男の背後にいた部下と思われる騎士が腰間の剣に手を添えた。それでも二人はニヤニヤ笑いながら、目で「さっさと抜け」と言っている。
抜いた瞬間、大義名分を得たと勝手に解釈して、ぶった切るつもりだろう。
テオドールも止めようかと思ったが、その前に――
「おちつきなさい、ヒルデ」
「そうですよ、パフィー」
リーズレットとレイチェルが貴族令嬢然とした態度で騎士二人を諫めた。
「我が主、ペンローズ様がおっしゃるなら、いたしかたありませんね」
「そうですね。ローエンガルド様の命令には逆らえませんわふ……」
二人とも家名を強調しながら大人しく引いた。だが、代わりに男たちの顔色が悪くなる。
「い、今、ペンローズとかローエンガルドと言っ……おっしゃいましたか?」
「なんだぁ? 知らなかったのか? つい、知っていて無礼なことを言っていたのかと思ったぞ」
ヒルデが言い、それにパフィーが続く。
「ここにおわすは西部二翼の侯爵家ご令嬢! リーズレット・ペンローズ様とレイチェル・ローエンガルド様わふっ!」
騎士たちが勢いよく膝をついた。
「も、申し訳ございませんでしたぁぁっ!」
「いや、私たちは別に怒ってないから。こちらから名乗ってもいなかったし」
「そうです。お顔をおあげください」
リーズレットとレイチェルが穏やかに対応しても、膝をつきながら男たちがブルブル震えていた。
(まあ、使いっぱしりの騎士なんて、爵位があるかどうかもわからんしなぁ。ぶっちゃけ二人は殿上人だろうし……)
それ以上に西部という蛮族の中でも、更に有名な侯爵家だ。
真っ当な貴族なら、ブルってしまってもしかたがない。だからこそ、レイチェルに粉をかけてきたベアルネーズはすごかったのだ。
正直、今、彼が生きてるのが不思議なくらいである。
「そんな簡単に許しては侯爵家の家名に傷がつきます」
「そうわふ! 西部なら詰め腹切らされるどころかソッコー無礼討ちわふ!!」
チンピラ二人が、わりと本気で騎士たちを処罰しようとしている。
こんなことばかりするから蛮族だとか言われるのだ。
「落ちつけ、二人とも。お前らの主人の凱旋を血で汚すつもりか?」
テオドールの言葉にヒルデは舌打ちを鳴らし、パフィーは耳を垂らした。
「あなたがたも立ってください。リーズレット様もレイチェル様も家の御威光を使って、あなたがたを脅すつもりは無いのですから」
そう言いながら微笑みかける。
「ただ、今後は身分にかかわらず、最低限の礼儀は心得たほうがよろしいかと」
「あ、ああ、すまなかった……」
「我が主も取り調べには応じるが、今すぐなど言わないよな?」
「わふぅ?」
ヒルデとパフィーが思い切り騎士たちを睨む。リーズレットたちが「必要なら別に」と言いかけたが「どうぞ、御随意に!」と騎士が敬礼した。
「テオ、悪いけど、君は一緒に来てくれないか?」
「ああ、かまわないよ。最初からそのつもりだ」
騎士たちは半泣きになりながら「こちらです」とアシュレイとテオドールを馬車のほうへと先導していった。
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