第120話

 第五階層から第一階層までは数日の道程だった。

 事前にリュカの麾下である蟲たちによって、カズヒコ討伐の件は誰が討ったか以外を伏せて伝えられている。


 アシュレイがやったことにするかどうかは、アシュレイが覚悟を決めるかどうか次第だ。


 第一階層の外へとつながるゲート周辺に作られたゲート内都市で、一拍することとなった。その宿でテオドールは改めてアシュレイの寝室を訪れる。

 ノックをし、入室を許されたので、テオドールは中に入った。アシュレイはカズヒコから奪った神剣を持ち、その刃をジッと見つめていた。


「覚悟は決まったか?」

「……うん、決まったよ」


 そう言いながら神剣を鞘に納めた。


「僕は王になる。王になってテオの手伝いをする」

「はえ?」

「正直、僕にはテオのようなすごい願望とか無い。単純に個人的な動機だよ。父に僕や母さんのことを認めさせたいって言うね……」


 悲しげに笑いながらテオドールを見てきた。


「誰かのために、とか、困ってる人のために、みたいな高尚な願いは、どこを探しても無かった。でも、そんな僕でもこの人の力になりたいって思う人がいたんだ」


 ニコリと微笑む。


「それは君だよ、テオ。僕は君の力になりたい。君のような美しい人間になりたい。君の側にいる資格を持てる人間になりたい」

「いや、待て、アシュレイ……」

「自分の願いに乗っかるなって言いたいんだろ? でも、間違いなく、これは僕の願いなんだよ、テオ」


 責任を持てない。というか、持ちたくない。


(そりゃ、戦の無い世界にしたいとか言ったよ? でも、それは、ほら、好きな子の前でちょっとかっこつけただけなんだよ? 本気なわけないよね!)


 どうするべきか高速で考えた。


「……よく考えろ、アシュレイ。それは俺の考えに乗っかっているだけで、決して君の願いじゃない。いいか? 自分の人生は自分の意思と動機でなければ、絶対に後悔するぞ」


 よし、それっぽいいいことを言えた。花丸だ。と自分で自分をほめたたえた。


「そうかな? 憧れる人のようになりたいっていう思いは嘘じゃないよ。それに、僕だって戦なんて無ければいいと思う。仮に後悔することになっても、その時、また考えればいいだけだ」


 思いのほか、覚悟を決めているようだった。理屈で行っても無駄だ。なぜなら、アシュレイは感情的に決定している。ならば、こちらも感情でぶつかるしかない。


「確かに戦の無い世界は理想だ。だが、これは本当に難しいことだ。本当にいろいろ大変なんだよ。だから、俺は君を巻き込みたくないんだ!!」

「でも、リュカやレイは巻き込むんだろ? 本人たちはやる気だよ? あとリーズも」


 第五階層で大嘘ぶっこいた後、その件をリュカはレイチェルやリーズレットにも喧伝したのだ。レイチェルは惚れ直したと言いたげな顔で「さすがです」と言い、リーズレットも「理想の大きさがテオの器を決めるわ。私も負けないようにしないと」と言って、ノリノリなのだ。それに付随して、彼女たちの騎士たちも、大陸を統一する宣言をしたテオドールを感心していた。あのヒルデですら「さすがは小鬼だな、器が違う」と褒めてきた。


 今さら「うっそぴょーん」とは言えない。言ったら終わる。終わってしまう。

 ならば、あとは、残酷な時間の流れのままに「そういえば、そんなことも言ってたね。若かったなぁ」と誤魔化すつもりだった。


 ここでアシュレイにまで乗っかられるわけにはいかない。

 もし、仮にアシュレイが王になろうものなら、戦を無くすために大陸を統一するという野望は現実味を帯びてしまう。

 それでも大変だが、ただのヒモが言うのと、王が言うのでは言葉の重みが違うのだ。


(この流れはダメだ。絶対に阻止しなければならない! 戦を無くすために戦漬けの毎日は嫌だ! アシュレイを王にするし、自分が神に振り回されるのは認めるけど、自ら進んで地獄の中へ突き進みたいわけじゃない!!)


 必死だった。

 必死で考えた。


「彼女たちは俺の妻だから、俺のやることに立場上、つきあうって言わざるをえない。でも、きっと本人たちだって嫌だと思ってるんじゃないかな? それに、ほら、なんだろう? いつか子供とかできたら考えも変わるんじゃない?」

「……そうやって自分一人で背負おうとしないでよ」


 違う、そういう意味じゃない。

 どうして、そう捉える? どうしてテオドールという人間が世界のために利他的に振る舞うと考えるのだろうか? 自分はかなりの俗物である。その自覚がある。


(俗物だから、かっこつけちゃったんじゃないか! クソ! 自分の俗っぽさが憎い!)


「アシュレイ、俺は自分一人で背負ってるわけじゃない。あのな……」

「僕がどれだけ君を好きでも、君との間に子供を作ることはできないだろ? 僕が王になれば、王の婚姻も政治の道具だ。なら、せめて、君の夢を実現することくらい手伝わせてよ」


 両目に涙の気配があったので、さすがのテオドールの思考も止まってしまう。


「君の願いをかなえる。それが僕にとって君への愛の証なんだ」


 ドキリとした。なんというクサい台詞だと思わないでもないが、イケメン美少女アシュレイに本気のトーンで言われると、テオドールの心もわずかにメス化してしまう。


「いや、その、でも……しんどいんじゃないかな? 大変だと思うよ?」

「だから、僕も力になりたいんだ。いつまでも君の力に」


 そう言いながらテオドールの前に跪き、神剣を差し出してきた。

 これは騎士が主と契約する時の儀式だ。


「テオドール・アルベイン様。僕にとって心の主はあなたです。僕はあなたの夢のために王になり、あなたの剣となり盾となることを誓います。どうか、この剣をお取りください」


(どういう状況? 将来、王様になるって言ってる子が従者になる? え? ねじれてんじゃん? おかしいじゃん!)


 と思いながらも、アシュレイが泣きそうな目でテオドールを見上げてくるのだから、これを無碍にはできない。


「き、君は王になるんだろ? そんな人が、こんなことをしちゃダメだ」

「うん。もう二度としない。でも、誓いたいんだ。これが僕の覚悟だよ。テオ」


 そう言って微笑む。


「どうか受け取ってほしい。心の中だけでいいんだ。僕を君の騎士にしてください」


 断りたかった。

 でも、西部だと騎士の申し出を断られた場合、その騎士は恥を濯ぐために自死を選ぶ。中央では、そんなことは無いのだろうが、それでも恥は恥だ。

 騎士として、それを拒絶することはできない。


「わ、わかったよ……」


 わかっちゃダメ! ともう一人の自分が叫んでいる。でも、止まらない。

 もはや理性はなんの役にも立たず、感情の赴くままに決定している自分に気づいた。どうあがいても、盤面が覆る気がしないのだから、突き進むしかない。


 テオドールはヤケになっていた。


「この場、この時だけ、君は俺の騎士だ。でも、君が王を目指す以上、この契約は墓場まで持って行かなければならない。わかるよな? 君は王になるんだ。そんな人間が、誰かの従者になってはいけない」

「うん。わかってる。それでも、僕は君の従者になりたい」

「なら、その剣を取ろう」


 テオドールは作法どおり、アシュレイの剣を取り、そのまま引き抜くとアシュレイの肩に剣を置いた。


「貴殿は何を誓う?」

「我が名はアシュレイ・ボー……我が名はアシュレイ・ヴァンダミア・アドラステア。我が名、我が母、我が家名、我が神の名において、テオドール・アルベイン様への忠誠と愛を誓います。いかなる痛み、屈辱を前にしても、この誓いを破らないと神々に誓います」


「承った。ならば、貴殿を我が騎士と認める。我が剣、我が盾となり、命の限り、我と共に歩むがよい。我が名、我が父、我が家名、我が神の下、ここに主従の契約を交わす」


 両肩に剣を置いてから、再び鞘に納めると、今度はテオドールに返した。


 それを受けとったアシュレイは微笑みながら涙を流す。


「愛してるよ、テオ……」


 愛の告白ではなく、その言葉には、むしろ離別の意味が込められている気がした。アシュレイが王になり、テオドールの夢をかなえるという誓いは、ただの恋愛感情を捨てるという意味でもある。


「俺も君を……」


 言うべきではない。そもそも愛情などテオドールはよく知らない。だが、それでも、ここまで来たら、アシュレイの覚悟までくみ取ってやりたかった。


 ヤケではある。だが、同時に友情だって感じているのだ。


 この言葉が呪いになるのか救いになるのか、テオドールにはわからない。


「……愛していたよ、アシュレイ」


 なんやかんやで女には甘いんだよな、とそんな風に自分を思うテオドールだった。

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