第119話
リュカが言うには、マグダラス商会の蟲。要するにリュカの手勢であり、西部の諜報員たちが攻撃を受けたらしい。中央の蟲をせん滅し、その組織ごとリュカが奪ったことは聞いている。
「王家が動いたのか?」
「いえ、東部です。東部から蟲が派兵されたようです」
東部と西部は昔から相性が悪い。文化が違いすぎるのだ。
西部は表面上、利益よりも義理人情、筋目を大事にするが、東部は逆だ。彼らは表面上、利益を最も優先し、義理人情や筋目など感情面を軽視する。
実際、あくまで表面上の話であって、実際の西部貴族は利益を求めるし、東部も東部で感情的に動く者は多い。要するに同族嫌悪なのだろう。
「東部と西部の蟲が王都でぶつかるということか……リーズには話したか?」
「いえ、まだですが……」
「おそらく王家か、それに近しい貴族が動いた結果だと思う」
レイチェルが「どうして、そうお思いに?」と尋ねてきた。
「現象からさかのぼるようにして考えるんだ。誰が得をするのか? ってね」
目の前の事象の結果、誰が最も得をするのか? という考え方に立てば、大抵の黒幕や意図は推理できる。
「まず、前提条件として中央貴族にとっても情報収集は大事だ。むしろ、政治力が求められる中央でこそ、蟲は重宝される。まあ、扱いは悪いらしいが……」
基本、西部でも蟲の扱いは悪い。テオドールのように重用するのは珍しいのだ。
「でも、使える蟲は全て滅ぼされた。西部の蟲を追い出すにしたって駒が無い。政治的な方法で西部に働きかけたくても、リーズの件でペンローズ家が激おこ状態だろ? 下手にこじれれば、感情的で頭の足りないスヴェラート様が中央に出兵してくる可能性もある。現状、王家は武力でも政治的にもリュカの手勢に手を出せない」
中央貴族や王家にとってスヴェラートは狂人扱いだろう。
「ですが、騎士を動かせばいいのでは?」
レイチェルの言葉に「それは悪手だ」とテオドールは答える。
「カズヒコの件がある。ここで今、西部の蟲と中央騎士の間で争いを起こすのは得策じゃない」
カズヒコの蜂起というのも決して無視できる問題じゃないのだ。ダンジョンに派兵することはできずとも、何が起きるかわからない状況で、西部の蟲と騎士団をぶつけて戦力を失うわけにはいかない。現状、王家は雁字搦め状態なわけだ。
「王家の立場に立てば、現状、中央で西部の蟲が支配権を握っているのは、絶対に嫌なはずだ。とはいえ、王家には切れるカードが無い。なら、別のプレイヤーを西部にぶつける。それが東部貴族だ。もともと相性悪いし、東部も西部が中央で権力を作るのは避けたいはずだ。ここで西部と東部が泥沼の暗闘を繰り広げてくれれば、その間に中央も態勢を立て直せる」
なにより、この策のいいところは王家が失うモノは無い。おそらく東部に助けを乞うのではなく、現状の情報を流し、東部が自ら動くように仕向けたのだろう。
西部の蟲を排除してしまえば、その分、中央での東部の発言力も増す。そういう風に利を得られると考えさせれば、動く東部貴族は出てくる。全てうまくことが運べば、あとは東部の蟲を政治的なり武力でなりで、追い出すだけだ。
ふとリュカが「では、どうなさりますか?」と尋ねてきた。
「戦は自らの意思ですることが肝要だ。誰かにさせられる戦は、それだけで負けに近づく。常に盤面の支配権は持っていたい。こういう時は相手が用意した選択には乗らないのさ。利権が欲しいなら、東部にくれてやればいい。話し合いでな」
「ですが……」
「アシュレイがカズヒコを倒したと喧伝すれば、中央の騎士団も動けるようになる。リーズの無事も確認できたとなれば、西部的に王家に対して喧嘩を売る大義名分を失う」
テオドールはため息をついた。
「そうなって中央に諜報的なパワーバランスを奪われるくらいなら、先に東部にくれてやってしまえばいい。むしろ、そちらのほうが西部の蟲を多く残しておける。いろいろ問題が解決した後に『退けと言うなら、東部を先ず退かせろ』と王家に主張するんだよ。ま、これも事前に東部の蟲たちと裏で取引をして、偽りの係争状態を作る。東部の諜報部隊は中央での影響力をこれまでより増やせるし、西部の蟲も必要最低限の数、残しておける」
「東部は乗ってきますでしょうか?」
「決裂して西部が全撤退してしまっても、こちらの損失は得にない。以前の状態に戻るだけだ。だが、東部の蟲たちは西部が退けば、退かざるを得ない。なにも得ずにな。もし、意地を張れば、最悪、中央の騎士団とぶつかる可能性がある。それなら、王家が裁定を決せない紛争状態を作っておいたほうがいいと東部の連中も思うさ。強引な裁決は、国内で紛争が起こるぞ? と脅しながらな。で、長期間、この状況を続け、それを自然な状態にしてしまえば、全て有耶無耶になる」
西部が意地を張って残れば、中央の騎士団と東部の蟲を連携させかねない。この状態が最も最悪なパターンだ。そうなるくらいなら損切して、必要最低限の利益を残しておくべきだろう。ついでに、西部と東部で結び、戦のイニシアチブを西部側で持っておく。
仮に西部が撤退し、東部も撤退したとしても、中央に対して東部が悪感情を持つように持って行くことが可能だ。となれば、西部と東部の蟲が手を結ぶ可能性だって後に残せる。
どう転がっても、西部の損失は少なく、わずかながらの利益を得ることができるのだから、退いたほうがいいのだ。
「俺が提案した結果でも以前よりは中央での影響力は増えてるんだ。損害が出る前に退くべき時は退くべきだぞ、リュカ」
「ご深慮、敬服いたします」
「別に大した策じゃないさ。リーズなら、もっと細かく相手の嫌がる方法を思いつくと思う。彼女にも聞いといてくれ」
更に言うと、全てリーズレットの父であるフレドリクの計算内に入っている可能性があった。リュカの暴走とも言える中央の諜報機関への攻撃や、リーズレットの行方不明、更にスヴェラートのテオドールに対する怒り、これら全てを利用して、中央への西部の影響力を増やすつもりだったのだろう。
おそらく、テオドールが発案しなくともフレドリクの命令で同じような形で終息させられる可能性があった。
今や西部の蟲を統べるリュカの父親ザルフもフレドリクには逆らえないのだから。
なぜなら、リーズレットの面倒を見ていたのはリュカであり、普通に考えればリーズレットを失った時点で、リュカの首は刎ねられていてもおかしくはない。
それをフレドリクが許した時点でザルフはフレドリクに借りができ、同時に一応は夫のようなテオドールもフレドリクに借りができてしまっている。
(会ってさえいないのに、その影を感じさせるからフレドリクはマジでおっかない……)
考えるだけでも怖くなってくるので、考えないことにしたい。でも、考えないと、いつの間にか駒にされてしまうので、いろいろ考えなければならなかった。
(俺が動いたという痕跡は可能な限り消したほうがいいな……)
でないと、勝手に思考を読まれて、自発的に動く駒にされてしまう。
「リュカ、今回の策に関してはザルフに俺の名前を出さないでくれ。おそらくリーズに相談しても、同じような策になると思う。だから、リーズが考えたことで報告を頼む」
「かまいませんが、どうしてですか?」
「……俺の名前がスヴェラート様の耳に入れば、またややこしいことになるだろ?」
そういうことにしておこう。実際、嘘ではないのだから。
「ま、俺はその間に嫌がらせを考えとくよ」
「嫌がらせ? 誰への?」
「アシュレイを暗殺しようとした者か、それに近しい人間。当面の敵に対してだよ。今回の動きで、その存在が確実になったしな」
敵がいる、とわかり、そのやり口から、思考の一端が類推できる。細かな情報を統合していけば、人物像はできあがってくるだろう。
(アシュレイを暗殺しようとした人物と、今回の絵図を描いた奴は別人物の可能性が高い……)
敵は一人ではなく二人。
これがわかっただけでも、かなり大きい。
「ま、詳細なやり方は任せる。リーズレットと詰めておいてくれ」
「かしこまりました」
「他になにかあるか?」
リュカは「はい」とうなずき、続けた。
「意識を失っていた第一王子が目を覚ましたそうです。噂によると、目覚めてからは人が変わったようになったのだとか。今まで嫌っていた武術の鍛錬にも精を出し、政務にも熱心だとか……」
「それは、どうにも……」
怪しいな、と思うテオドールだった。
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