第118話
リュカにいろいろ言われたアシュレイだが、自分なりに考えているようだった。
そうこうしているうちに、テオドールたちは第一階層に到着。ダンジョン内都市で詰めていたリュカの手勢と合流できたようだ。
宿の一室でテオドールは旅塵を落とすべく、体を湯で拭くことにした。なぜか、湯桶と布をレイチェルが持ってきたので、レイチェルのされるがままに体を洗われた。
「傷が増えましたね……」
胸の大きな傷跡に手を添えながらレイチェルが言う。
「まあ、心臓抉られたりしたからな……さすがに死ぬかと思ったよ」
「あまり無理はなさらないでください」
「……そうしたいのはやまやまだが、運命がそれを許しちゃくれない。どうやら、ヴェーラ神は俺で遊びたいらしい」
「神々からの寵愛というのも大変なのですね……」
「ま、好きに遊ばれるつもりはないさ。俺の生き死には俺が決める」
「……テオ様の決定に口を挟むつもりはありません。ですが、その選択の際に一瞬でもいいので私やリュカ様にリーズ様を思い出してください」
「あ、うん。そうだな……悪かったよ」
「申し訳ありません。出すぎたことを言ってしまいましたね……」
「そんなことは無い! 心配してくれて嬉しいよ。俺もレイやリュカを心配してたし」
などと会話をしていたら、レイチェルが「汚れは落ちました」と笑顔で言う。
「私も汚れを落としたいので……」
「あ、じゃあ、部屋を出てくよ」
「いえ、背中を自分で洗うのは難しいので、良ければお願いできませんか?」
「お、おう……」
面食らいながらもリュカは服を脱いでいく。胸元などを隠し、照れつつも背中を向けてきた。恥ずかしいならやらなければいいのに、と思ったが、言うのも野暮だ。レイチェルの長い髪の毛をまとめ、肩から前へと回した。
レイチェルの白い背中がテオドールの前で露わになった。肩から腰の曲線はしなやかで、艶めかしい。日の光の下、しっかりとレイチェルの背中を見たことは今回が初めてかもしれない。背中だけで美人だと思った。
まじまじとレイチェルの背中を眺めていたら「あの、どうなされましたか?」と照れた様子で背後を窺ってくる。
「いや、レイの背中が綺麗だったから」
照れたのかレイチェルが「ありがとうございます」と小さな声で言いつつ、ちょっとだけ縮こまっていた。やはり、裸を晒すのは恥ずかしいのだろう。
あまり焦らしてもかわいそうなので、テオドールは布を湯で濡らし、そのままレイチェルの白い背中を拭いていく。
「レイは本当に色白だな」
「ありがとうございます」
不能でなければ、このまま背後からレイチェルを抱きしめていたかもしれない。
(いや、待てよ。別に不能でも抱きしめていいんじゃないのか? でも、別にその先になにかあるわけでもなし……)
愛情はある。迸っているし、レイチェルを美しいと思うし、今すぐ背後から「ママ!」と叫んで抱き着きたい。だが、それは自分の母性を求める下卑た欲望を満たすための行為であって、レイチェルが求めるモノを返すことができない。
(そもそもレイチェルは俺に抱かれたいのだろうか? う~ん……そういう風に考えてる俺は自意識過剰なのでは? いや、でも、レイなりの色仕掛けだよな? それとも、本当にただ、背中を洗ってほしいだけか?)
直接聞くべきか? だが、それを聞いて頷かれたところでテオドールにはどうしようもできないし、違うと言われれば、それはそれで悲しい。そんな風に悲しく思ってしまうのも自分勝手だとは思うのだが……。
(いつになったら、俺の不能は治るんだ……?)
溜息が出てきそうになったところで、ドアをノックされた。扉越しに「テオ様、火急でお話したいことがあります」ということだったので「今、レイと湯あみ中だから」と言ったところでレイチェルが「リュカ様、かまいません。入ってきてください」と口を挟む。
リュカは目礼をし、室内に入ってきた。レイチェルの背中を洗うテオドールを見て、少しだけ間を置いてから「湯あみ中に失礼いたします」と改めて頭を下げる。
「どうしたんだ?」
尋ねるテオドールは布きれをレイチェルに渡し、服を着ていく。レイチェルも同様に水を拭きながら服を着ていた。
「私たちがダンジョンに潜っている間にかなりの動きがあったようです」
と言って続ける。
「先ず商会の蟲が攻撃を受けました」
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