第114.5話B

 目覚めてから数日にわたり、医者や魔術師に検診された結果、記憶喪失ということにされてしまった。

 宮廷医療魔術師のゴドフィルがベッド脇に立ちながらフィリップに告げてくる。


「……記憶喪失というより魔力の波長そのものが変化しておられます。熱病のせいで、起きてしまったのでしょう」

「俺の記憶は戻るのか?」

「……それはなんとも。ですが、可能性はゼロではありません。気を落とさずに」

「なるほど。理解した」


 宮廷魔術師と言えど、フィリップの中にビャクレンがいることまでは見ぬけていないようだった。


(俺の魔力の波長を知る者は皆死んだか……)


 ビャクレンが所属していた諜報機関は西部の蟲たちによって壊滅させられている。となれば、ビャクレンを見抜かれる危険性は極めて低い。


「ところで俺の熱病の原因はなんなんだ?」

「それは、ただの流行り病かと」


 ビャクレンは蟲として読心術を修めている。そのため、ゴドフィルが嘘をついていることはすぐにわかった。


「困った流行り病だな……」


 と苦笑を浮かべて気づかないフリをしつつも思案する。


(第二王子による呪殺か何かだろう……実際、あの廃王子暗殺の指令も第二王子から降りてきたと考えていい)


 第一王子フィリップは男色家で女性嫌いで無能という点を除けば、臆病な性格らしい。腹違いの弟を暗殺する命令など出せる度胸が無い。だが、第二王子ケルヴィンは邪知暴虐の限りを尽くすクズだということは有名だった。


(フィリップ王子に生まれ変わったとはいえ、安心できる状況ではないな……)


 呪殺が失敗したことは既に知られているだろう。愚かな者ならば、反撃を怖れて、次の攻撃を仕掛けてくる可能性が高かった。


「ゴドフィルと言ったな。つかぬことを窺うが、あなたは私の味方か?」

「当然でございます」

(嘘だな……)


 と確信はすれども、表情には出さない。


「記憶を持たない俺は、今、とても心細い状況だ。一人でも助けてくれる者がいると助かる。あなた以外に俺の味方となってくれる者はいるだろうか?」

「それはたくさんおります。城にはフィリップ様の味方しかおりません」


 嘘だな、と思いつつ微笑みで返しておいた。一瞬、ゴドフィルが面食らった顔をした。疑問に思ったが、すぐに把握する。


(男さえ惑わす美貌だからな……)


 味方というならば、恋人のような連中もいるのだろう。


(俺に男色趣味はないが……まあ、うまいこと使ってやるか。当座を生き残るための駒は多いほどいい)


 などと考えながらベッドから降りる。


「フィリップ様、大丈夫ですか?」

「いつまでも寝ているわけにもいかんだろ? どうにも体が鈍い気がしてな。俺が王子ならば、武技の師もいるはずだ。それを呼べ。鍛錬を始める」

「た、鍛錬でございますか!?」

「そんなに驚くことか?」

「いえ、その……かつてのフィリップ様は武術全般を毛嫌いされていたので……」

「そうか。だが、今の俺は、このなよなよした腕が気に入らん。これでは、いざという時に戦えないではないか」

「お、おっしゃるとおりです。では、すぐにでも騎士をお呼びします!」

「頼む」


 驚きながら出ていくゴドフィルを見つつフィリップは考える。


(どう転がるにせよ、第二王子は敵とみなすべきだろうな)


 とはいえ、すぐに排除することなどできないだろう。記憶喪失で乱心の結果、第二王子を殺したとなれば、それこそ狂人の烙印を押されてしまいかねない。


(それ以上に厄介なのは廃王子だ……)


 転移の特殊天慶ユニークスキルでどこかに飛ばしたが、テオドールが一緒だと考えるなら生きている可能性が高い。


(テオドール・アルベインを敵に回したくはない……が、そうか、奴は俺の魔力の波長に気づく可能性があるな……)


 ビャクレンにフィリップ王子という地位に対する執着は無い。未だ、自分の置かれた状況を信じ切れていないこともそうだが、自らの力で手に入れたわけでもない地位に執着できるほど単純ではなかった。


 今のビャクレンに達成すべき任務も無い。とはいえ、自分の状況がバレて、追い落とされて殺されるのだけは御免だ。


(テオドール・アルベイン……奴の相手はしたくないが……)


 テオドールとの戦闘が脳裏を過ぎる。思い返しても、よくあそこまでやり返せたものだと自分を賞賛したくなる結果だった。

 そして、恐怖の記憶ではなく、むしろ高揚と達成感の記憶として残っている。


(……やはり戦うしかないか)


 自然と口角があがっていた。

 今度はこちらが有利だ。多少、準備は必要だろうが、地位に権力を持っている。そして何より、テオドールはビャクレンがフィリップとして生きているということを知らない。


(お前との戦闘は楽しかったよ。全力を出せたのは、アレが初めてだった。次も全力でやりあおうじゃないか、テオドール・アルベイン)



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