第114.5話A
第一王子フィリップは目覚めた瞬間、自分の首を勢いよく押さえた。
「生きてる……」
なぜ自分が生きているのかフィリップにはわからなかった。
「ここは……?」
フィリップの記憶に無い場所だ。どうやら天蓋のあるベッドの上で眠っていたらしい。どうして自分が、そんなところで眠っているのか意味がわからない。
(俺は首を飛ばされて死んだはずだ……)
最後に見た光景を忘れることはできない。
事前に万全の準備をされ、勝負を挑まれた。奥の手の
自分を殺そうとしていた女の剣が首を刎ねる直前、フィリップは「それでも!」と可能性を模索した。思考は高速で周り、いかにして生き延びるかを探った。
だが間に合わなかった。左から水平に入った刃が首に食い込む際、衝撃すら無く、ただ熱を帯びた風が通り過ぎた。視界が回転し、首が刎ね飛ばされたと思いながらも、全身全霊の力を込めて<転移>を試みた。
だが、転移は不発し、意識は泥濘のような闇へと引きずり落とされていった。
(どうして生きてるんだ? ここはどこだ?)
体を起こせば、予想外に重く感じた。手のひらへと視線を向ければ、自分の知る分厚くて汚れた手ではなかった。雪のように白く、細い指。それこそ女性の手を思わせる形のいい爪は、綺麗に磨かれ、光沢を帯びている。
意味がわからない。
いや、手のひらだけではない。いくら長期間拘束され、筋肉が落ちていたとはいえ、ここまで細い腕ではなかったはずだ。仲間に助けられた際、確かに身体は錆びつくように動きが悪かったが、それでも最低限の筋肉はあった。
体を触る。
胸部も腹部も、鍛え上げていた筋肉の鎧を失っていた。
「どういうことだ?」
改めて考えてみると、声も聞きなれた自分のモノとは違う。いつもより甲高い気がした。「あ~、あ~」と声を出しつつ咳払いを一つ。やはり違和感しかない。
不意に勢いよく扉が開いた。
妙齢の侍従と思われる女性が、目を大きく見開きながらフィリップを見つめ、持っていた水差しなどをトレイごとその場に落とした。
「フィリップ様! 大丈夫ですか!?」
侍従の女が近づいてくる。
「フィリップ……?」
呼ばれて辺りを見回すが、自分以外、この場にはいない。混乱するフィリップを置いて、侍従の女は部屋を飛び出し「誰か! フィリップ様が!」と声を張り上げている。
(フィリップ……俺のことか……?)
ベッドから出る。今まで触れたことすらないなめらかな着心地に寝間着に驚きつつ、窓のカーテンを開けた。見たことの無い景色。いや、実際に来たことは無いが、知識としては知っている。
(ここは王城か……?)
フィリップはそのままスタスタと歩き、侍従の女が落とした銀のトレイを拾い上げた。
そこに映った顔は、やや癖のある金髪に碧眼。通った鼻筋に細い顎先。女性と見紛うほどに整った顔立ちの青年だった。
かつて確認した自分の顔とはまったく違っている。
そして、この顔をフィリップは知っていた。
(フィリップ・ヴァンダミア・アドラステア第一王子……!)
かつての自分にとって主筋の人間である。実際、使われたことも無いし、会ったことも無かったが、その整った顔立ちは、市民の間でも有名だった。
(なぜ俺がフィリップ王子に……?)
わからない。
(俺の名前はビャクレン……中央で蟲として働き、テオドールの女にやられた……)
己がどういう状況に陥ったのか理解できなかった。
考えられる可能性はいくつかある。
一つ目は、ビャクレンという存在が、フィリップの作り出した夢の中の存在だったということ。フィリップ王子は女装などの奇行で有名だ。思い込んだ結果、作り出したビャクレンという存在になり切っている可能性はある。だが、さすがにフィリップ本人の記憶が無いということに違和感があった。あるいは、多重人格という奇病を聞いたことがあるので、それかもしれない。
二つ目は、ビャクレンが殺されたことが夢であり、今現在、魔術によって夢か幻を見せられている可能性だ。だが、催眠や幻術の類は体感が曖昧になる。しっかり、いろいろ知覚できている時点で、魔術の産物である可能性は低い。しかし、天才魔術師テオドールならば、このような魔術を生み出す可能性はゼロではない。
三つ目は、ビャクレンは死に、その魂だけが別人であるフィリップの肉体に宿ってしまったということだ。異界からの転生者なる存在がいることはフィリップも知っている。その転生者に2パターン存在するそうだ。肉体ごと転移してくる者と、その魂がこちらの世界の人物に書き換えられる者とがいるそうだ。
(この三つのうちのどれかか……今後の対応は、それぞれによって変わってくるか……)
などと考えていたら、医者と思しき男が入ってきた。髭面の中年男性だ。
「王子! 体の具合はいかがですか?」
フィリップ……いや、ビャクレンはどう振る舞うか考えた。
「……すまない。お前は誰だ? 俺の名前はフィリップなのか?」
とりあえず記憶の無い振りをし、誤魔化すことにした。
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