第114話

 テオドールはゲートへ向かう途中、改めて街を振り返った。

 既に引継ぎは終わっており、見送りの者も特にいない。変わらぬ青空の下、ダンジョン都市は新たな一日を続けている。パン屋からは煙があがり、行きかう冒険者に声をかける市場の商人。子供たちは、人々の合間を縫うように駆け抜けていく。


(長かったな……)


 そんなことを想いながらテオドールはゲート管理をする受付へと入っていった。そのまま簡単な手続きを終え、ゲートのある扉を開けた。ゲート広場は、石づくりの壁と天井に覆われている。既にベアルネーズを含んだ一団は三十四階層へと向かっていた。ゲート前で待っていたのはリュカにレイチェル、リーズレットとアシュレイの四人だ。


「待たせたな、行こうか」


 テオドールの言葉に一同はうなずき、ゲートを越えた。

 そして、テオドールたちは三十四階層にやってきた。


 その後、大急ぎでテオドールたち一同は外へと向けて旅をつづけた。

 旅の一団は、ちょっとした数となっている。リュカの侍従やレイチェルの侍従を含めると、二十人を越えるパーティーとなっていた。


 レイチェルの騎士であるパフィーとカーマは中級から上級冒険者クラスの腕前だし、リュカが連れてきた戦闘に特化した<牙蟲>たちも、同程度の実力者である。テオドールがなにもしなくても魔物などを撃退してくれるから楽だった。


 それに加えてヒルデたちリーズレットの騎士団だ。ヒルデは神機オラクルを使いこなすし、ヒルデ信者のメンバーたちも全員が中級冒険者である。こちらも、負けず劣らず戦闘に特化しており、他の騎士たちと「リーズ様の騎士として負けるわけにはいかん」と張り合っていた。そんなことを言えば、脳筋獣人ビースティのパフィーも乗っかり、魔物を倒した数で勝負するという流れになる。


 賑やかに魔物を鏖殺していく女騎士たちに、周囲の冒険者パーティーは全力で引いていた。


(これだから西部騎士は……)


 戦が大好きで困る。

 そんな中、ベアルネーズたち西部騎士道クラブも黙ってはいない。


「先生の弟子として恥ずかしいところは見せられない! 行くぞ、おるぁぁぁ!!」

「「「「ぶっ殺せぇぇぇぇっ!!」」」」


 叫びながらヒルデやパフィーに貼りあっていた。そんな様子を見つつリュカに尋ねる。


「行きもこんな感じだったの?」

「はい。まあ、特訓の意味も込めて競わせてました。ついてこれないなら、そこまでですと伝えつつ」

「けっこう厳しいね……」

「西部では七歳で経験することですよ?」


 実際、そのとおりだ。とはいえ、いきなり三十階層までは来ない。


「なんやかんやで冒険適性値レベルもあがってるのかな?」

「中でも外でも鍛えましたから。ねぇ、マイラ」

「はい」


 リュカの護衛役と思われる女性は切れ長な瞳に色も灯さず、無表情にうなずいた。黒髪をシニヨンのように結っており、姿勢がいい。整った顔立ちではあるが、次の瞬間に忘れてしまいそうな顔でもあった。魔術による認識阻害を行っているのだろう。そんなことを常に行っている時点で、かなりの強者だ。

 おそらく、初めて会うわけではないのだろう。名前も顔も会う度に違うのではなかろうか? そういうことを蟲はする。


「テオ様の盾くらいにはなるかと思います」

「そういう使い方はしないよ。一応、学友だし」


 ベアルネーズたちはテオドールを師を呼んではいるが、テオドールの中では学友である。


「はああっ!!」


 魔物の集団との戦闘の中、一際、流麗な動きをする者がいた。

 アシュレイである。


「やるようになったじゃないか! アシュレイ!!」

「そっちもね!!」


 ベアルネーズとアシュレイが男友達のような熱い言葉を交わしていた。テオドールの胸中にほの暗い不快感が生じる。嫉妬である。


(男の友情みたいなやり取りしとる……)


 本来なら、自分がアシュレイとああいう感じで共闘したかった。

 だが、もうダメだ。


 アシュレイは女性だから。


 なにも知らないベアルネーズたちの友情に嫉妬は覚えながらも、表情には出さない。そんなテオドールにリーズレットが「アシュレイ、本当に強くなったわね」と言ってくる。


「単純な剣術の腕でいえば、俺より上だしな……」


 それどころか、この場にいる誰よりも剣術の技量で言えば高いだろう。

 それがカズヒコの持っていた神機オラクルである神剣の機能だ。使い手を強引に天級剣士に引き上げる。

 あの剣一つ装備しているだけで、冒険適性値レベルで言うところの400代を越える。それほどデタラメな神機オラクルだ。


「……私だって強くなりました」


 ポツリとリュカが声を漏らす。


「そういえば、ビャクレンは強かっただろ? どうやって倒したんだ?」


 とリュカが強いアピールできる話を振った。


「……普通に倒しましたよ。厄介な天慶スキルをいくつも持っていましたが、最後は私が首を刎ねました」

「すごいじゃないか。あいつ、かなり強かったし」


 冒険適性値レベルで言えば中級冒険者程度だったかもしれないが、戦闘慣れしていた。特に頭の回転が速かった。対人戦でいえば、かなり厄介な相手だったと言える。おそらく、神剣を持ったアシュレイでも勝てないだろう。


 単純な冒険適性値レベルより、戦闘知能のほうが対人戦においては重要なのだ。


「ですが、一つだけ引っかかっていることがあります」

「なんだ?」

「あの者の首は確かに刎ねました。でも、その瞬間、魔力が爆発したんです」

「どういうことだ? 死体が消えたってことか?」

「いえ、死体は残っています。体のほうは埋葬しましたが、首はテオ様に確認してもらうため、塩漬けにして取ってあります」

「いや、確認するほどの……」


 リュカが悲しげな顔でテオドールを見ていた。

 西部において敵将の首とは、成果そのものである。それを主人に確認してもらい、感状をもらうまでが西部のお決まりだ。


「うん、そうだな。戻ったら確認するよ」

「はい。見分してください」


 猫が獲物を飼い主に見せてくるようなものなのだろう。そこは、きちんと確認しておかなければならない。


「まあ、魔力爆発だけど、最後に自爆でもしようとしたんじゃないのか? 嫌がらせに」

「アレが騎士なら、そういう動きも理解できるのですが、アレは中央の蟲です」

「まあ、確かに蟲なら逃げようとするわな……」


 名誉の死よりも任務の完遂と、生きて情報を持ち帰ることこそ間者の習性である。実際、ビャクレンは最後まで暗殺対象のアシュレイを殺そうとしていた。結果的にテオドールも巻き込まれてしまったわけだ。


「転移の天慶スキルを使って逃げようとしたけど、失敗したとかじゃないのか?」

「転移の天慶スキルは使ってましたけど、魔力を使っているような素振りはありませんでした」

「でも、死んだんだろ? 首を刎ねて生きてる奴は、使徒とかカズヒコみたいな使徒モドキだけで充分だよ。そんな怪物が何人もいてたまるか」


 実際、カズヒコみたいな存在だったら、リュカたちは死んでいただろう。相手が仮に使徒でも同じだ。リュカたちが束になっても勝てる相手じゃない。


「考えすぎだ」

「はい。そうですね。私もそう思っています」

「他に大きな変化はあったか?」


 リュカはしばし考え込んでから「今のテオ様には関係があるかもしれません」と言って言葉を続ける。


「第一王子のフィリップ様が病気で倒れられました。その後どうなったか確認する前にダンジョンに入ったのでわかりませんが……」

「暗殺か?」

「おそらく第二王子でしょう。アシュレイ暗殺も第二王子の策略だと思われます」

「王は?」

「……王もまた臥せっておられます。それと、もう一つ」


 言いづらそうに目を伏せながら続ける。


「アシュレイの母ナタリアの件なのですが……」


 なにかあったと予期される口調だった。


「……アシュレイへの暗殺と同じタイミングで」


 命を奪われたらしい。


「そうか……アシュレイには伝えたか?」

「まだです。テオ様に確認した後、どうするべきか判断しようかと……」

「今はやめておこう。まだ安全な場所じゃない。ここで心が折れたら、守り切れないかもしれない」

「わかりました」


 どう伝えるか思案しつつテオドールは剣を振るうアシュレイを眺めていた。まるで剣舞を舞う姫にも見えるのは、アシュレイの性別を知っているからかもしれない。


(母の死か……)


 それは、とても辛いことだ。

 テオドールもその痛みを知っているからこそ、どうしたらいいのか深く考える。


(カズヒコを倒すことができても、こういうことの答えは出てこないよな……)


 周りが言うほど自分に才能なんて無いのではなかろうか? とテオドールは思った。







※この作品と同じ世界観の新作『転生してきた勇者の悪霊が俺に憑りついて最強にするとか言ってくるんですが、俺は強くなりたくない ~勇者による大魔王育成計画~』を始めました。

合わせてお読みください。

https://kakuyomu.jp/works/16817330651286526061

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