第113話

 リュカはテオドールからキャシーの件を聞いたあと、レイチェルとリーズレットを自分の部屋に招いて、詳細を説明していた。


「……というようなことをテオ様から相談されました」

「まさか……浮気してたなんて……」


 リーズレットが、どんよりと落ち込んでいる。


「誤解しないでください、リーズ様。アレは浮気ではありません。テオ様的に助けてしまった少女を置いていくことができなかったくらいの感情だと思います」

「テオ、優しいもんね……」


 納得しつつも、少し引っかかる部分が無いわけではないらしい。


「レイ様はどうお考えですか?」


 レイチェルはしばらく熟考してから「正直な気持ちを言いますね」と口を開く。


「キャシーさんなら、テオ様の問題を解決できるかもしれません」


 その言葉にリュカは目を見開く。


「……私も同じ考えでした」


 とうなずくリュカの横でリーズレットだけが小首を傾げる。


「問題ってなに?」

「……不能のことです」


 リュカの返答にレイチェルはコクリとうなずいた。リーズレットが頬を赤らめながら「その話ね」と小さくなる。そのままレイチェルは話をつづけた。


「私が思うにテオ様の問題の原因はアンジェリカ様やヴォルフリート様、そして同僚の大貴族の方々、それらを含んだ戦というモノだと思います」


 レイチェルの言葉にリュカは「そうでしょうね」とうなずく。


「私は西部でも猛将と称されるグスタフの娘です。リーズレット様の御父上はフレドリク様。リュカ様の御父上はテオ様の家臣でしたが、蟲といえば、戦の要です。私たち三人は、その存在そのものが、テオ様のトラウマと深く関わっていると言えます」


 リーズレットが「まあ、たしかに」とうなずく。


「テオ様は聡明なお方です。その気がなくとも、私たちの発言や行動の陰にお父様を見てしまうかもしれません」

「そうですね。私なんかは時々警戒されますし……」


 テオドールはリュカを優秀だと思っているのは事実だと思うが、優秀故に行動に全て意図があると思っている節があった。そして、リュカもそれを否定できない。基本的には意図がある。だが、その全てはテオドールのためだ。


「ですから、真の意味で私たちをテオ様は信頼しきれないのではないかと思うんです。もともと政略結婚ではありますから」

「私の場合もそう思われちゃうってことか……」


 リーズレットの言葉にリュカが「テオ様は考えすぎますからね」とフォローを入れる。


「でも、私たちじゃあダメなのかな? その、まだ、私は、一緒に、そん、えっと……」

「リーズ様のおっしゃりたいこともわかります。ですが、私とリュカ様は、過去にいろいろ試してはいます」

「い、いろいろ?」


 リーズレットが顔を真っ赤にして小さくなってしまう。

 実際、西部で夫婦をやっていた頃にも、いろいろ試してみた。だが、ダメなものはダメなのだ。男色家だと思い、美少年を寝所に送り込んでもダメだったし、自分たちではない女性を差し向けたりもしたが、結局、ダメだった。


「そういう風にいろいろ思考錯誤したのが、かえって良くなかった可能性もありますね」


 リュカの言葉にレイチェルも「そうですね」と落ち込む。その頃の行為もテオドールにとってトラウマになっている可能性があるため、リュカも同衾する際は、そういう雰囲気を可能な限り排している。


「ですが、まだ試してないものがあります。テオ様が自ら選んだ無関係の女性です。キャシーさんは、平民であり、政治も貴族も関係ありません」

「それに加えて、どことなくテオ様の亡きお母上に雰囲気が似ていました」


 テオドールがマザコンなのは事実だ。

 幼い頃に母を失った結果、女性に母性を求めている。リュカとしては、アレだけの才能を持ち、なんでもできるテオドールが自分に甘えてくるのを見るだけで「守ってやらなければ」と思ってしまうので気にならない。むしろ、もっと甘えてほしいくらいだ。時々、蕩けるほど甘やかして自分がいないと何もできないダメ人間にしてしまいたい、という暗い情動に襲われることもある。


「キャシーさんであれば、テオ様の問題を解決できるかもしれません」

「それはそれで、複雑ね……」


 リーズレットの言わんとしていることはわかる。リュカだって自分がテオドールの不能を治したかったという思いはある。でも、本当にいろいろ試してみてダメだったのだ。


「ですが、一度、問題を解決してしまえば、私たちでも問題なくなるかと思います」

「そうですね。私もそう思います、レイ様」

「ふ、二人はそれでいいの?」


 リーズレットの問いかけにレイチェルとリュカは「はい」とそろってうなずいた。


「私は妻としてテオ様との間に子が欲しいので。夫婦円満で過ごせるなら、妾や愛人はかまいません。私の父も第六夫人の他に愛人が五人ほどいましたし」

「私は家臣としてテオ様にもっと重宝されたいので。そのためなら、平民でもなんでも利用します」

「そ、そうなんだ……」


 リーズレットは、まだいろいろ飲み込めていないようだった。


「正直私は嫉妬が無いと言えば嘘になるわ。貴族令嬢っぽくないと言われると、それまでだけど……リュカやレイは先輩だから、まだ飲み込めるけど……」

「私もリーズ様と同じです。たった一人、テオ様に愛されるなら、どれだけ良かったか……」


 レイチェルは苦笑を浮かべながら言う。


「ですが、一人でテオ様の苦悩や苦痛を支えきれなかったのも事実です。もし、支えられていたら、こういう状況ではなかったでしょうし……」


 リュカだってレイチェルの言うように独占できるものなら独占したい。

 だが、そんな感情のままに行動していたら、それこそテオドールに愛想をつかされてしまう。そんなことを考えるほうがリュカにとっての恐怖だ。


「リーズ様のお気持ちは理解できます。無理に足並みをそろえる必要もないかとは思います。ただ、私とレイ様はテオ様の不能を治すためならキャシーを使うことも厭わないと考えていることだけは、把握しておいてください」

「……ええ、わかったわ。邪魔するかもしれないけど」

「それと、この件はテオ様には絶対に秘密にしておいてください。最悪、新たなトラウマを刻みかねません」


 さすがのリーズレットも「そうね」とうなずいてから「一つ質問なんだけど」と手をあげる。


「私がテオを誘惑しちゃってもいいってこと? それで解決したらキャシーを使う必要もないわよね?」


 リュカとレイチェルは「はい」とうなずく。


「それで解決するなら喜ばしいことです」


 レイチェルの言葉にリュカもうなずきつつ「まあ、無理だと思いますけど」と心の中でつぶやいた。







※この作品と同じ世界観の新作『転生してきた勇者の悪霊が俺に憑りついて最強にするとか言ってくるんですが、俺は強くなりたくない ~勇者による大魔王育成計画~』を始めました。

合わせてお読みください。

https://kakuyomu.jp/works/16817330651286526061

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