第110話

 テオドールがリュカにバブバブ甘えていた間、レイチェルとリーズレットは今後の方針について相談していたらしい。

 トータル、デカメルスは武装解除し、リーズレットが率いる冒険者軍団の傘下に入ることでまとまった。その後の流れとしては、リーズレットが冒険者軍団のリーダーを降り、軍団を解散させ、元の状態に戻るだけだ。


 ということを、夕食後、テオドールはレイチェルの寝室で聞いていた。今晩はレイチェルに招待されている。明日はリュカらしい。

 ともあれ、不能のテオドールに何かができるというわけではなく、レイチェルと同じベッドで横になりながらこれまでの経緯を聞く程度のことしかできなかった。灯りといえば、ベッド脇に置かれたサイドボードの上のランプ程度だ。


「それにしても、まさかレイがこんなところまで来るとは思わなかったよ」

「テオ様に一秒でも早く会いたかったので」


 レイチェルのほうへと視線を向ければ、レイチェルもテオのほうを見ながら微笑んでいた。改めて見ると、やはりレイチェルの容貌は整っていると思う。


冒険適性値レベルはどれくらいあがったんだ?」

「258くらいですね。魔術を覚えたりしたので、そのおかげであがったようです。特に身体強化オーガメントを覚えたら、一気に冒険適性値レベルがあがりました」


 冒険適性値レベルはダンジョン攻略のための適性値だ。身体強化オーガメントは、魔力で筋力を補佐する強化魔術である。魔術式と魔力次第であるが、レイチェルのような細身でも、素手で石を握りつぶせるようになったりする。

 そういうダンジョン攻略適性の高い魔術を覚えたりすると、一気に冒険適性値レベルがあがることがあるのだ。

 その辺の魔術を覚えた後は、地道に強くなっていくしかないし、そもそも身体強化オーガメントは複雑な魔術なので、使いこなすのが難しい。

 テオドールはダンジョン適性の高いと言われている魔術も一通り覚えてしまっているため、これから先の成長速度はレイチェルたちに比べて遅くなってしまうだろう。


「そういうテオ様も冒険適性値レベルがあがったのではありませんか?」

「どうだろうな……言われてみれば、確認してなかったよ」


 たしか、もともとのステータスは――


 名前 テオドール・シュタイナー(偽名)

 年齢 16歳

 性別 男

 状態 勃起不全/心的外傷後ストレス障害

 職業 ヒモ

 契約神 ヴェーラ

 レベル 975/2058


 ――だったはずである。仮に冒険適性値レベルがあがっていたとしても、数ヶ月であがるとしたら、1とか2くらいだろう。


「ステータスオープン」


 名前 テオドール・シュタイナー(偽名)

 年齢 17歳

 性別 男

 状態 勃起不全/心的外傷後ストレス障害/神威接続者

 職業 ヒモ

 契約神 ヴェーラ

 レベル 1345/2058


「ひえっ!」


 思わず、変な声が漏れてしまった。明らかにおかしな数字になっている。


「どうなされましたか?

「いや、その……冒険適性値レベルがおかしなことに……」

「どのくらいだったのでしょうか?」

「引かないって約束してくれる?」

「当然です」

「1345」

「え?」


 微笑んでいたレイチェルが真顔になった。


「あの……もう一度、よろしいでしょうか?」

「せ、1345です」

「……それは、その、えっと……ありえるのでしょうか?」

「わかんない。俺、試験が始まった時は900代だったんだけど……」


 それが、数ヶ月程度で300以上もあがっている。知らぬ間に誕生日を迎えて歳を取っていたからだろうか? いや、そんな話はテオドールも聞いたことがない。


「普通、数ヶ月であがる数値じゃないんだよな……」

「わ、私のように冒険適性値レベルがあがりやすい魔術を覚えたとか?」

「まあ、確かに新魔術をいくつか開発したけど……」


 リーズレットを強化するための魔術や、神を殺すための魔術や、カズヒコを封印するための魔術、更には魔術で生じた稲妻と一体化する魔術や、カズヒコの魔力を書き換え吸収するための魔術などを修めたりはした。


「うん、アレだ。神を殺すための魔術とかのせいだ」

「どんな魔術なんですか?」

「使えば、相手が死ぬ魔術だ」


 テオドールの魔力総量の半分を使うが、生物ならば確実に殺すことができる魔術だ。それでも、肉体を持たないカズヒコには通じなかったのだが……。

 リーズレット強化の魔術はダンジョン適性は低いだろうが、神祇万象を駆け潰す神殺の雷槌ミョルニル・トーテンタンツは、どんな魔物でも確殺である。それこそ、神竜級のドラゴンでも仕留められるかもしれない。


「さ、さすがはテオ様ですね」

「やっぱ引いた?」

「引いたというか、驚きました。なんといいますか、テオ様は常に予想外なことをなされますね」

「俺も自分が予想外だよ……」


 と言いつつも、カズヒコのような怪物を相手に勝利したのだから、ありえない話ではない。


「こういうところが、ズルいって言われるところなんだろうな……」

「どうしてズルいのですか?」

「いや、転生者に言われたんだよ。なんでもやっちゃう俺はズルいらしい」

「テオ様は別にズルくないかと思います」

「でもさ、確かに才能なんて運みたいなもんだろ?」

「ですが、テオ様は必死でしたよね? 才能の上にあぐらをかかず、必死に努力なさってきたではありませんか」

「そりゃまあ、そうなんだけど……」

「聞いた話によると転生者カズヒコは、テオ様のように才能を与えられたそうですね。でも、テオ様とは違って努力をしなかった。それが敗北の原因だと思います」

「まあ、たしかにな。実際、本気でがんばったし……」

「ですから、テオ様はズルくありませんよ。とても、がんばっていらっしゃいます」

「レイ……」


 レイチェルがズリズリと体を寄せてきた。そのまま腕を伸ばして抱き寄せてくる。


「テオ様は努力家なだけです。とてもがんばりましたね」


 幼子をあやすように褒められた瞬間、テオドールの外面バリアーがぶち壊された。


「大好きだぁぁぁぁっ!!」


 思わず叫んで抱きしめ返してしまう。


「大変だったんだよぅ……レイもリュカもいないしさぁ……」

「はい。とても、がんばりましたね、テオ様。偉いですね」

「レイぃぃぃぃっ!!」


 幼子のようにレイチェルの豊満な胸元に顔をうずめ、幼児退行してしまう。こういう暴走をしてしまうのも心的外傷後ストレス障害のせいだと思った。違うかもしれないが、今は何も考えたくない。


「テオ様、私には存分に甘えてかまいませんからね」

「ダメだ!! これ以上は、俺の尊厳がダメになっていくぅ……」

「いいんですよ、ダメになってしまっても。私の前では無理をしないでくださいね。思う存分、私に甘えちゃってください、テオ様」


 耳朶に触れる慈愛に満ちた声に、理性が蒸発した。


「うああああああん! しんどかったよぉぉぉぉっ!!」


 こんな姿、西部騎士道クラブの面々には見せられないな、と自分を俯瞰しながら思った。思ったけど、時々、壊れておかないとストレスに殺されてしまう。


 これがテオドールにとって、この残酷な世界との折り合いの付け方だった。






※この作品と同じ世界観の新作『転生してきた勇者の悪霊が俺に憑りついて最強にするとか言ってくるんですが、俺は強くなりたくない ~勇者による大魔王育成計画~』を始めました。

合わせてお読みください。

https://kakuyomu.jp/works/16817330651286526061


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