第109話
感動の再会のせいでテオドールの緊張の糸がプッツンと切れてしまったため、そのままテオドールはリュカに連れられて別室送りになった。ギャン泣きが止まらなかったのだ。その様を見ていたヒルデが全力で引いていた。
今後のことについてリーズレットたちと話を詰めるのはレイチェルの役割らしい。
「リュカ、俺は君に会いたかった。ずっと心配だったんだ」
ソファーに並るリュカが、自分の太ももとをポンポンと叩くので、そのまま膝枕してもらった。ここ数ヶ月、ずっと緊張状態だったことは自覚している。アシュレイとリーズレットを守らなければならなかったし、生き残るために戦ってきた。
それが二人と再会した瞬間、崩壊した。
(クソぅ……ダメだってわかってるのにぃ……バブバブしたくなるぅ……)
膝枕しながらも、浸食してくる幼児退行に抗う。そんなテオドールの頭をポンポンと優しく撫でながらリュカがクスリと微笑んだ。
「私もテオ様を心配しておりました。さあ、二人きりですよ? ママと呼んでいただいてかまいません」
「リュカマ……いや、さすがにな……」
「もう立ち直ったのですか?」
「いや、耐えてる。俺だってな、久しぶりにあったリュカを前にして赤ちゃん人間になるわけにはいかないんだよ」
「なってもかまいませんよ? それとも、胸の大きなレイ様のほうが甘えやすいですか? それなら、役割を代わってきますが?」
嫉妬や対抗心もなく、サラリと言うから困る。
「別に胸がどうとか、そんなことは関係ないよ。俺のプライドの問題であって……」
「テオ様の弱い部分を私にお見せしていただいてかまいません。全て受け入れます」
「……もともとお前は優しかったけど、久しぶりなせいか、もっと俺に優しくなってない?」
「この半年近く私はいろいろ考えてました。テオ様の妻として家臣として、自分はどうしたかったか、と……」
髪の毛をクシャクシャといじられた。
「私はただあなたを愛しているんです。どんな理由をつけても、ただテオ様のお傍にいられればよかっただけなんです。それだけなんだと痛感させられました。もし、テオ様が死んでいたら、私は躊躇なくこの命を絶っていたでしょうね」
「そういうのは良くないよ」
「生きる理由がテオ様以外、ありません。子供でもいたら別ですけど」
「……あいかわらず不能ですまん」
「例えばの話ですから、お気になさらず」
「……子供はやっぱり欲しいのか?」
「別にいなければいないで、テオ様を私の子供だと思って愛しますから」
「それはそれでダメだろ」
「ママと呼んでもいいんですよ?」
「いや、だから、やめろ。呼びたくなる」
「呼んでもかまいません。私はテオ様のママになりたいんです。呼んでください」
耳朶にからみついてくるような優しい声音に理性が溶かされていく。
「リュカ……ママ……」
「はい、なんですか? テオ様」
ダメになっていく自分に気づく。このままいくと赤ちゃん言葉を使うまである。
それはいかんと思った。
まだ自分は十代だ。十代でいきなり赤ちゃんプレイは業が深すぎる。
「リュカママだって大変だったんだろ? 俺に甘えたいとか思わないのか?」
「それはまた後日。レイ様の後にでも」
なんやかんやで二人の間には家格による妻の順位付けのようなものがあるらしい。リュカは常にレイチェルを立てるし、レイチェルもリュカを尊重している。この中にリーズレットが入ってきても、三人はうまくやるだろう。貴族令嬢だから。
だが、アシュレイやキャシーが入ってくるとなると、話は変わってくる。
(今はそんな未来の面倒事など全て忘れてしまいたい……)
リュカに甘えたかった。
「テオ様はこの半年、どうだったんですか?」
「……死ぬほど大変だった。アシュレイとリーズ二人を連れて、いきなり魔物に襲われてさ。ビャクレンとの戦闘直後で魔力も少なくて……」
などと経緯を話していく。そんなテオドールの話をリュカはニコニコ微笑みながら聞いていた。
「テオ様……おつかれさまでした」
「お前も大変だったんだろ? ベアルネーズから聞いている」
「多少、無茶はしましたけど、問題ありません。テオ様が戻ってくることを信じて、この機会に邪魔になりそうなモノを排除しておきました」
「中央の蟲を潰したんだってな?」
「今回の黒幕でしたので……正確には黒幕は王子らしいですけど」
予想はしていたが、王家の家督争いに巻き込まれたということだ。
「テオ様はどうなさりますか? 今回の件、王家に責任を取らせますか? アシュレイを盛り立てて王家を簒奪というのも面白いかもしれません」
「アシュレイは女だ」
「はい、知ってます」
「え? そうなの? どうして言ってくれなかったの?」
「同性の友達ができたと喜んでいましたので言うことができませんでした」
「……お前はアシュレイが玉座に座れると思うか?」
「過去に女王がいなかったわけではありません」
ただ、基本は男児が生まれたり、婿を取るまでの繋ぎだったりした。
「ただ、やろうと思えば可能だとは思います。中央の情報は全て押さえています。厄介なことがあるとすれば、フロンティヌス家の介入でしょう」
「王家の家督争いに首を突っこんでくるってことか?」
「どうやら西部戦線は苦戦が続いているそうで、戦費も嵩んでいるそうです。王家からの援助や援軍が欲しいというのがスヴェラート様の考えでしょう。介入し、盛り立てた王を駒にしたいのだと思います」
「書簡で王を脅したと聞いてるぞ?」
「事実です。テオ様のことも名指しで批判しておりました」
ため息が出てくる。
「みんなで東部に逃げるか……面倒事のない土地で穏やかに暮らしたい……」
「それも良いですね。テオ様がお望みでしたら、手配をいたします」
「戯言だ、忘れろ。お前やレイに実家と縁を切れとは言えないよ」
ため息が出てしまう。だが、今となってリュカとレイチェルを捨てて一人で逃げるという選択も存在していなかった。自分のことより二人のことのほうが大切だ。
「それで、中央貴族の反応は?」
「さすがにスヴェラート様の書簡は中央でも反感を招いています。テオ様と結びたい勢力も確かにあります」
「俺と結んでどうするって言うんだよ? 土地も戦力も無い平民だぞ」
「中央貴族は西部のような戦の仕方を知りません。優秀な武官が欲しいのではないかと」
「結局、戦争の道具か……」
「乗る必要はありません」
「俺がそう思っていても、結局、巻き込まれるんだろうな……」
そう言いながら、リュカの膝枕から起き上がった。
「ダンジョンの奥に飛ばされても、結局、戦だ。俺はそういう星の下に生まれてしまったらしい」
ヴェーラ神も言っていた。
テオドールは神のお気に入りらしいので、楽な方に逃げるのは許さない、と。
「アシュレイをこの国の王にする」
リュカが目を見開いてテオドールを凝視していた。
「俺もいろいろ考えたんだよ。俺が穏やかに暮らす方法をさ。で、結局、権力握って、俺にちょかいかけてくる邪魔者を潰し、他国との無駄な戦を終わらせるしかないってことに帰結した」
そうする以外、方法が無い。
逃げたところで神の介入があるなら、逃げるだけ無駄だ。それなら、神を楽しませるような波乱万丈な選択をしつつ、可能な限り、穏やかに生きていける道を探るしかない。最終的には神をぶん殴るためにも。
「正直、自分の平穏のために戦を起こすのもどうなんだ? と思わなくもない。でも、どうせ俺がしなくても戦は起こるだろ? 内紛は確実だ。なら、少しでも被害の少ない形で終息させるべきだと思った」
テオドールの顔をジッと見てからリュカが「本当によろしいのですか?」と尋ねてくる。
「いいかどうかで言えば、良くないよ。たださ、俺はどうやら普通じゃないみたいだから」
「なにを今さら……テオ様は一万年に一人くらいの天才です」
「まあ、一万年に一人は大げさだとしても、そこそこ才能があることは認める。なんかさ、転生者と戦った時に俺の才能をズルいって言われてさ、いろいろ考えたんだよ」
今まで才能そのものをズルいと言われたことが無かったので、驚きだった。
「この才能ってのも厄介でさ、やりたくないことを求められるだろ? でも、この流れに抗うのも無理なんじゃないかなって……俺が俺として生まれてしまったからには、そういう風に生きるしかないんだよな……」
実際、才が無ければ、とうの昔に死んでいた。
才能を憎みはしないが、穏やかに生きていける程度で良かったと今では思う。
「だから少しでも、自分を含めて、可能な限り多くの人が幸せになれる道で、俺自身の才能を使うしかないんじゃないかなって今はなんとなく思ってるんだよ」
「……そうなんですね」
「リュカ、お前はついてきてくれるか?」
リュカは静かに瞑目した。
「レイ様より先にお答えするわけにはまいりません」
「そうか」
「ですが、そんなこと、聞かずともお分かりでしょう? とだけ言っておきます」
「ああ、そうだな。愚問だった」
リュカは微笑を浮かべ、そのまま口づけしてきた。
「お慕いしております、テオ様。どうか私をあなた様の才の限り、存分にお使いください」
テオドールも苦笑しながら「ああ、わかったよ」とリュカを強く抱きしめた。
※この作品と同じ世界観の新作『転生してきた勇者の悪霊が俺に憑りついて最強にするとか言ってくるんですが、俺は強くなりたくない ~勇者による大魔王育成計画~』を始めました。
合わせてお読みください。
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