第107話

 三十五階層の混乱ぶりを聞きつけたテオドールは、すぐさま兵をまとめてなだれ込んだ。だが、進めば進んだ分、ダンジョン内都市は降伏していく。


 そして、それらのダンジョンで情報を集めたところ、旧カズヒコ軍はほぼ解散状態であるらしい。というのも、噂の<西部騎士道クラブ>なる謎の冒険者集団が破壊工作などを続け、カズヒコに三十五階層を任せていた冒険者を討ち取ってしまったらしい。


「その連中はどこにいるんだ?」

「デカメルスと呼ばれる都市だそうです」


 その情報をもとにテオドールたちはデカメルスへと兵を進めた。総勢三千の兵でデカメルスを囲い、代表者との交渉するため、使者を送りながらテオドールとアシュレイ、リーズレットは陣幕で待っていた。


「デカメルスからの使者が」


 部下の言葉と同時に幕が上がり、そこにいたのは――


「ベアルネーズ!?」


 テオドールが驚きの声をあげれば、弟子兼学友のベアルネーズだった。


(あれ? こいつ、こんなマッチョだったっけ?)


 筋肉量が増えている気がした。三十五階層まで来るとなると、中級冒険者以上の実力が必要になるし、無理もない。


「うおおおおおおおおおっ!! 先生ぇぇぇぇぇぇぇぇっ! うおおおおおっ!! 先生ぇぇぇぇぇぇっ!」


 滂沱の涙を流しながら、ベアルネーズが近づいてきた。そのまま抱き着かれそうになったので、投げ飛ばしてしまう。仰向けに倒れたままベアルネーズは叫ぶ。


「やっぱり先生だぁぁぁぁぁっ!! うおおおおおおおんおんおん!!」


 感動のギャン泣きをしていた。テオドールは「うるせぇな、こいつ」と思った。


「ベアルネーズ、久しぶりだね」

「アシュレイ!! お前も無事だったのか!?」


 起き上がりながらベアルネーズはアシュレイの手を強く握った。そんな二人を見ながらリーズレットは「誰だっけ?」とテオドールに尋ねてくる。


「俺とアシュレイの学友だ。学園でレイに粉をかけてて、そのまま俺と決闘をした」

「ああ、中央貴族の……」


 あの一件が遠い昔のように思えてくる。アシュレイと手を握り合い、再会を喜んでいたベアルネーズだが、すぐさまテオドールとリーズレットの前で膝をついた。


「これは失礼いたしました。先生やアシュレイとの再会が嬉しいあまり、無礼をば!

! 死んで詫びます!!」


 いきなり剣を引き抜き、自分の首を斬ろうとしたので「そういうダメな西部騎士の真似はやめろ!」と釘を刺しておく。


「うぅ……先生が御無事でよかった……うおおおおおおおっ!! 先生ぇぇぇぇぇっ!!」


 泣くのはかまわないのだが、泣き方が漢臭すぎる。


「落ちつけ、ベアルネーズ。話が進まん」

「これは失礼いたしました。先生との再会に感動のあまり、俺の筋肉たちも泣いております」


 ベアルネーズって、こんな暑苦しい奴だったっけ? と思った。もう少し理知的な奴だったと記憶している。


「あなたがデカメルスからの使者ということでいいのかしら?」

「はっ! 正確にはテオドール・シュタイナー様が統べる西部騎士道クラブの使者と思っていただければと」


 テオドールがベアルネーズたちを鍛え、同時に友人になるために作ったクラブだ。いろいろ気になることがあったのでテオドールが問いかける。


「君がいると言うことは他の奴もいるのか?」

「はい、西部騎士道クラブのメンバー全員健勝です! それにリュカ様やレイチェル様もデカメルスにいらっしゃいます!」


 その言葉にリーズレットが「リュカやレイも!」と嬉しそうな声をあげる。


「え!? レイまで三十五階層にいるのか?」


 リュカはともかくレイチェルは、真っ当な貴族令嬢でしかない。


「侍従の騎士の方々がお守りしています。レイチェル様も、今回の旅でお強くなられました。当然、我ら西部騎士道クラブの面々もそれ以上に強くなりました!! 先生ぇぇぇっ!」

「いちいち叫ぶな、暑苦しい」

「すみません! 感情が高ぶってしまい……」


 レイチェルの騎士ということはカーマと獣人ビースティのパフィーだろう。たしかに、あの二人は上級冒険者以上の実力者だ。


「聞いた話によると、この三十五階層を支配していた武装勢力を、君たち西部騎士道クラブが倒したと聞いたんだけど、本当か?」

「はい。これも全て先生の教えです」

「俺たちがいなくなってからの詳細を話してくれないか?」

「かしこまりました」


 ベアルネーズは目礼してから、説明を始めた。

 テオドールたちがビャクレンによって消された後、リュカとレイチェルはビャクレンを拘束。その後、冒険者試験は終了となった。テオドールとアシュレイ、リーズレットが行方不明になり、学園側も捜索をしたそうだ。だが、当然、見つからない。


 その後、リュカはビャクレンの尋問を続けたが、ビャクレンは魔術によって記憶を消去していたため、確かな情報は得られなかったらしい。


「リュカ様は中央の蟲を潰すと決意なされました」

「え? なんで?」


 思わず、素で尋ねてしまった。


「先生やリーズレット様へ手を出したことは西部に対する宣戦布告だと受け取られました。その際、俺たちクラブの面々も集められ、事前に居場所を特定していた中央の蟲を一斉に攻撃し、これを壊滅させました」

「無茶をやるなぁ……」

「まあ、リュカ様もお立場がありますからね。特にリーズレット様の件で西部のほうからもつきあげられていたそうで……」


 リーズレットは西部の大貴族である。父親のフレドリクがなにかしら、この件を利用しないはずがなかった。ベアルネーズの説明によると、リーズレットの件を理由にスヴェラートが王家に説明要求の書を送ってきたそうだ。要するに、今回の件は、学園と学園を運営する王家、そしてその場にいた騎士テオドールの責任であるということらしい。


「まさか先生がテオドール・アルベイン様本人だとは思いもしませんでした」

「そうか……まあ、そうなんだ」


 いろいろバレてしまったらしい。

 未だにテオドールを目の仇にしているスヴェラートには脱帽する。


「で、そんないろいろ錯綜する中、中央の蟲は全て排除済み。自然と王家や貴族はリュカ様たち西部の蟲を頼るようになります。まあ、連中は正体に気づいていないでしょうけど」


 組織をそのままに人員をそっくり入れ替えたのだろう。


「リュカ様は中央の情報を全て把握できる立ち位置となられました」

「さすがはリュカね……」


 リーズレットが感心するようにうなずいていた。テオドールの妻は揃いも揃って女傑である。


「その後、リュカ様はビャクレンの記憶を取り戻すことに成功したのですが、本人自身、先生の居所を知らなかったようです」

「あのビャクレンはどうなった?」

「リュカ様が仕留めました」

「リュカが?」


 正直、ビャクレンのほうが強いと思っていた。おそらく、多勢に無勢で仕留めたのだろう


(彼とは友達になれたかもしれないのにな……ちょっと残念だ……)


 たしかに殺そうとは思ったが、自分をここまで追い込んだのは珍しい。カズヒコも強かったが人格的に友達にはなりたくなかった。しかし、ビャクレンは真面目な仕事人という雰囲気があったので嫌いではなかったのだ。殺そうとは思ったが。


「その後、全てを終えたリュカ様は西部に今回の仕置きの始末を説明しに出頭することになったのですが、そこでダンジョンのほうから冒険者たちが転生者を首魁に決起したという情報が舞い込んできたのです」


 中央貴族や王族は大騒ぎになったらしい。討伐軍を編成したくとも、リーズレットの件でスヴェラートは怒っている。そんな状況で軍をダンジョン内に送り込むわけにはいかない。王都から逃げ出す貴族も現れる中、別の冒険者たちがカズヒコ軍に抵抗しているという情報も送られてきたそうだ。


「その中に先生の名前もあったんです。それを知ったリュカ様が、西部への出頭要請を無視し、先生たちを迎えに行くためにパーティーを組みました」

「出頭命令、無視しちゃったかぁ……」


 それはそれで厄介だとは思うが、リュカならそうしてもおかしくはない。彼女はテオドールの妻という生き方に命を賭けている節があった。


「君たちも大変だったな、ベアルネーズ」

「いえ、先生たちのご苦労に比べれば……今回の首魁も討伐されたと聞きました」

「アシュレイがな」

「はい、聞いております。さすがは西部騎士道クラブのメンバーです」


 アシュレイは苦笑を浮かべていた。そこでリーズレットが「教えていただいてありがとう」と謝意を述べる。


「リュカたちに会いましょう、テオ」

「そうだな。久しぶりだな……」

「用意が整いましたら、俺がご案内します」


 ベアルネーズの言葉にテオドールは「頼む」と微笑みかけた。


「うぅぅ! 頼まれたぁぁぁぁぁっ!! うおおおおおおおっ!! 先生ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 感動のあまり抱き着いてこようとしたので、とりあえずビンタで黙らせた。






※この作品と同じ世界観の新作『転生してきた勇者の悪霊が俺に憑りついて最強にするとか言ってくるんですが、俺は強くなりたくない ~勇者による大魔王育成計画~』を始めました。

合わせてお読みください。

https://kakuyomu.jp/works/16817330651286526061

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